新旧お宝アルバム!#160「Belle Of The Ball」Richard Torrance & Eureka (1975)

お知らせ

2019.11.4

新旧お宝アルバム #160

Belle Of The BallRichard Torrance & Eureka (Shelter / ABC, 1975)

日本シリーズも、MLBポストシーズンも、そしてラグビーワールドカップも終わってしまって、これまで毎日スポーツで盛り上がっていたのが一気に寂しくなったような気がする今日この頃。いや、まだまだNFLもあるしNBAもある!という方もいらっしゃるでしょうが、個人的にはやはりMLBロスは大きいですねえ。これから年末にかけてはナショナルズ初優勝ということもあっていろんな特番が放送されるでしょうから、せいぜいそちらで楽しむことにします。

さて今週の「新旧お宝アルバム!」は久しぶりに70年代に戻ってみます。ウェスト・コースト・ロックのシンガーソングライターで、70年代に何枚かのアルバムを出した後は一線からは姿を消してしまいましたが、その作品が近年一部で見直されている、知る人ぞ知るお宝アーティスト、リチャード・トランスが自分のバンド、ユーレカを率いて、リオン・ラッセルのレーベル、シェルターからリリースした2作目のアルバム『Belle Of The Ball』(1975)をご紹介します。

リチャード・トランス、という名前を知っている洋楽ファンはそれほど多くないと思いますが、彼の書いたある有名な曲はかなりの洋楽ファンの方(特に現在アラフィフ~アラ還の方)がご存知だと思います。その曲は「リオ・デ・ジャネイロ・ブルー(Rio De Janeiro Blue)」。そう、あのニコレット・ラーソンが2枚目のアルバム『In The Nick Of Time(愛の季節)』(1979)の中でカバーしていた、ちょっとマイケル・フランクスのナンバーを思わせるボサノヴァ・タッチの曲で、その後、クルセイダーズとのコラボで有名なフュージョンR&Bシンガー、ランディ・クロフォードが『Secret Combination』(1981)でもフュージョン風にカバーしていた、当時AORチューンとしてはそこそこ人気のあった楽曲ですのでご存知の方は多いのでは。

https://youtu.be/qg7atPPoo2s

そう、この「リオ・デ・ジャネイロ・ブルー」の共作者がリチャード・トランスなのです。

リチャードはノース・ダコタ州の州都、ビスマルクの出身でしたが、音楽で身を立てるために高校卒業後カリフォルニアに移住。そこで1972年、当時音楽シーンの大物の一人、リオン・ラッセルのレーベル、シェルターとの契約をものにして今日ご紹介する『Belle Of The Ball』を含む3枚のアルバムをリリースします。リオンの『Wedding Album』(1976)にもアコギで参加するなどこの時期リオンとのつながりが深かったため、この『Belle Of The Ball』を「スワンプの名盤」と評する方も多いのですが、自分的にはスワンプ、というよりはちょっと南部の香りのする硬派のウェスト・コースト・ロック、というのが正直な印象です。あ、これ全部褒め言葉ですので(笑)。

こうした作品のリリースをバックに、リチャードユーレカイーグルス、リトル・フィート、リンダ・ロンシュタット等々といった当時のウェスト・コーストの人気アーティスト達のライブのオープニングを務めたり、自らのナショナル・ツアーも3回ほど行うなど、バンド活動を勢力的に展開。この後リチャードリオンシェルター・レーベルと袂を分かってキャピトルと契約、「リオ・デ・ジャネイロ・ブルー」を含むアルバム『Bareback』(1977)を含む4枚のアルバムをリリース後は一線から退き、北カリフォルニアでもっぱらスタジオの経営や、地元のタレントのプロデュースなど裏方に回った活動を80年代を通じて地道に行っていたようです。

そのリチャードがアーティストとして一番輝いていた時代に、唯一全米アルバムチャートにもチャートインしたのが『Belle Of The Ball』。ジャケットには南部と思われる瀟洒なお屋敷の前にたたずむ白の正装の淑女の写真。タイトルが「舞踏会の佳人」という意味なので、そのものズバリのイメージ通りのジャケットということになります。

アルバムはいきなりツインアコギギターの豪華なカッティング・リフが印象的なインストゥルメンタル曲「The Jam」でスタート。このアルバムがリリースされた1975年には結構多くのウェスト・コースト系のロック・バンドがアルバムにインストを入れていて、ドゥービー・ブラザーズの「Slack Key Soquel Rag」(『Stampede』収録)のようなアコギの小品から、イーグルスの「Journey Of The Sorcerer」(『One Of These Nights(呪われた夜)』収録)のようなプログレッシヴ・カントリー・ロック的な壮大なもの、はてはパブロ・クルーズの「Ocean Breeze」(『Pablo Cruise』収録)のようなピアノによる12分の大作など、いろんなバンドが意欲的なアプローチを見せていました。ある意味この時期のアルバム作りのスタイルだったのだと思いますが、リチャードのこのナンバーは言わばイーグルスドゥービーのアプローチをうまく取り入れて、それをよりロック的なアプローチで、素晴らしい楽器のアンサンブルで聴かせてくれて、これでいきなり「おお何だ何だこれは」とわしづかみにされること請け合いです。

続く「Southern Belles」や「That’s What I Like In My Woman」(このあたりは女性テーマですね)は、アウトローズとかのサザンっぽいウェストコースト・ロックでレイド・バックしたロック・ナンバーで、後者はよりブギータイプのストレートなロックンロール。このあたりはこのバンドの骨太な演奏力が堪能できます。その後ちょっと雰囲気を変えて「North Dakota Lady」ではアコギのカッティングと分厚いハーモニー・コーラスを印象的に配した、初期イーグルスを思わせるちょっと幻想的なメロディが聴けます。スローな「Side By Each」で一息ついた後、A面ラストは分厚いギターストロークのフレーズがメインの、またまたサザンロックっぽいストレートなナンバーで終了。

B面オープニングは、あのリンジー・バッキンガム作で、彼がマック合流前のスティーヴィー・ニックスとのデュオによるバッキンガム・ニックス時代のアルバム『Buckingham Nicks』(1973)収録の「Don’t Let Me Down Again」のカバー。跳ねるドラムスや独特のギターフレーズの感じがまんまバッキンガムの世界観の再現、という忠実なカバーでリチャードがこの曲をよっぽど気に入ってたのがよくわかります。

続く「Singing Spring」はイントロから登場するドブロの音色や、アームを多用するギターワークが確かにスワンプっぽい雰囲気を漂わせているナンバー。ボーカルもややスワンプっぽさを意識しているかも。そしてこの曲でも初期イーグルス風のパチッとしたハーモニーコーラスが印象的です。

Lady」はこのアルバムでも多分一番楽曲構成に凝ったのが分かる曲。イントロから入ってくるムーグの音色でおやっと思うのですが、すぐにラテン風なリズムでパーカッションをバックにムーディーな曲調に変貌。後半などちょっとこの時期のサンタナっぽい雰囲気も感じるナンバーです。

バンドの卓越したコーラスワークを存分にショーケースしてくれるのが次の「Lazy Town」。シンプルなピアノの弾き語りから楽器の音数を押さえた造りの楽曲に時折絶妙に美しいハーモニーコーラスが重ねられるという、地味ながらこのアルバムで屈指のナンバーだと思います。随所で半音にフェイクするリチャードのボーカルもこの曲のメロディに魅力を付加してます。

そして最後はやーお疲れ様、ご苦労さん的な「Sweet Sweet Rock & Roll」で打ち上げパーティー的にストレートなロックンロールで締め。これだけ工夫を凝らしたアルバム作りのエンディングにしてはやや単純すぎる嫌いはあるけどバンドが演奏を楽しんでる気分が伝わってくるのはいい。最後のバックコーラスがビーチボーイズ風なあたりが、このバンドのユニークなスタイルを改めて確認させてくれます。

なお、アルバムを聴き終えて、裏ジャケを見ると先ほどの佳人のものとおぼしきドレスやブーツが脱ぎ捨てられてピックアップトラックの荷台に放り出してあるというなかなか意味深なお遊びにも思わずニヤリとさせられます。

さて80年代バンド活動から裏方に回ったリチャードですが、その後90年代はラス・ヴェガスのカジノでハウス・バンドをやったりという稼業をしながら2枚のCDをリリースするなど音楽活動は地味ながら継続。

2004年からは故郷のビスマルクに戻り、地元で音楽活動を続けながら地元タレント発掘TVショーの仕事を手伝ったり、教会の音楽監督の仕事をしたりとコミュニティーへの貢献をテーマにした活動を続ける、充実した人生を過ごしてる模様です。

秋が深まり、音楽を楽しむには最高の時期が到来しました。商業的にはこの1枚だけでシーンからは遠のいてしまったリチャード・トランス&ユーレカ。しかしこの1枚はこうした季節に楽しむには珠玉の一枚です。70年代ウェストコースト、サザンロックそしてもちろんスワンプのお好きな方には一押しの作品、Apple MusicSpotifyなどのストリーミングでは聴けないのが残念ですが、リチャードのウェブサイト(http://www.richardtorrance.com/vinyl.htmlで何とCDで買えるようですのでチェックしてみて下さい。

<チャートデータ>

ビルボード誌全米アルバムチャート 最高位107位(1975.5.24付)