2017.9.25
新旧お宝アルバム #101
『Fox Confessor Brings The Flood』Neko Case (Anti-, 2006)
秋になってきて渡る風も気持ちよいものになり、朝晩はかなり肌寒くなってきて、めっきり過ごしやすくなってきた今日この頃ですが、先々週の台風18号に続いて先週はアメリカではハリケーン・アーマがフロリダを直撃、メキシコでM7.1の大地震が発生、230人を超える犠牲者が出るという自然災害に世界中が震撼した一週間になってしまいました。一人でも多くの方が災害を免れ、また震災地での救助で一人でも多くの方が救出されるよう、ただただ祈るばかりです。
さて、辛いことや厳しいことがあった時のヒーリング・パワーとしての音楽の威力は心当たりのある方も多いと思います。こういう時であるからこそ、心癒やされる音楽に浸りたいものです。今週の「新旧お宝アルバム!」は、ちょうど10年ほど前に自分が初めて出会って、楽曲や歌唱パフォーマンス・スタイルもさることながら、ある曲は浮遊感いっぱい、またある曲はアーシーなフォーク、そしてまたある曲は物憂い雰囲気を称えた映画のようなイメージ喚起力の高い楽曲と、作品の多様性に一発にやられてしまった、オルタナティヴ・フォーク・ロックのシンガーソングライター、ニーコ・ケイスのソロ3作目『Fox Confessor Brings The Flood』(2006)をご紹介します。
彼女の名前はその少し前から目にしていたのですが、Neko Caseという表記のアーティスト名を見て「きっとUrusei Yatsuraとか、ああいった日本語フェチなパンク・バンドか何かなんだろう」と勝手に勘違いしていたので、最初に音を聴いた時、女性の、それも澄み切った声のボーカルで夢の世界に連れて行ってくれそうな楽曲メロディだったのにはギャップがでかくて大いに驚いたものでした。(ちなみにニーコ・ケイスというのは立派な本名です)
アメリカはヴァージニア州生まれながら父親が米国空軍勤務だった関係で子供の頃からUS中のあちこちを転々としたのと、学校に上がるとまもなく両親が離婚したこともあり、15歳で家を出て18歳の頃には地元でバンドのドラマーとしてライヴ活動をしていたとか。
バンクーバーのアートカレッジに入学した頃からバンクーバーに拠点を移し、地元の様々なバンドにドラマーとして参加してミュージシャンとしてのキャリアを積んだニーコ、この頃参加したバンドは、パンク・バンドやカントリー・ベースのバンドなど、当時から多様な音楽性に対応していたよう。
カレッジ卒業直前に出した最初のソロ『The Virginian』(1997)はそんな多様な音楽性を反映してか、ロレッタ・リンやパッツィ・クラインのような昔ながらのホンキートンク・カントリー・シンガーを思わせるボーカル・スタイルで、カントリーのカバーの他オリジナルやクイーンのカバーもやっていたようです。
シカゴに拠点を移してリリースした2作目の『Furnace Room Lullaby』(2000)あたりから、今回ご紹介するアルバムにも通じる、本人曰く「カントリー・ノワール」(カントリーにフィルム・ノワールのようなイメージ喚起性を加えた音楽スタイル、というような意味らしい)のスタイルを確立し始めて、シーンで着々と注目を集めていたところにドロップされたのが今回ご紹介する『Fox Confessor Brings The Flood』。
前述のように、澄み切っていてそれでいてパワフルなニーコのボーカル、ある時はナッシュヴィルのカントリー・ホンキートンクで夜一人で弾き語りをするカントリー・シンガーのように、ある時はメンフィスのR&Bジョイントでのライヴを思わせるようなダウン・トゥ・アースなスタイルで、ある時は1950年代のポップ・バラードを思わせるようなシンプルな楽曲で、またある時は映画の一場面を想起させるような、音数少ないのにイメージが浮き上がってくるような浮遊感満点の音像で、まことに聴くごとにリッチな音世界を紡ぎ出してくれるアルバムです。全曲ニーコの自作、またはバンドメンバーとの共作で、バックには昔からのバンドメンバー達に加え、あのザ・バンドのガース・ハドソンもピアノとオルガンで参加、全体の音像の完成度を高めるのに一役買っています。
冒頭「Margaret vs. Pauline」はアコギでシンプルに歌われるフォーク・チューンで、そこからラウンジ風のトワンギーなギターとブラッシング・ドラムがいやが上にもR&Bな雰囲気を盛り上げる「Star Witness」、60年代後半のビート・ポップ・ナンバーを彷彿とさせる、自伝的内容を歌った「Hold On, Hold On」と頭三曲聴いただけであっという間にニーコの世界に引き込まれます。「A Widow’s Toast」はアカペラのコーラス中心に、わずかな楽器があちこちに入ってくるのですが、その音数の少なさが逆に様々なイメージを喚起してくれる印象的な小品。エヴァリー・ブラザーズなどをふと思わせるオールド・ファッションなポップ・バラード「That Teenage Feeling」もあくまで聞こえてくるのはニーコの声(多重コーラス録音したもの)とギターと控えめなドラミングのみ。
このアルバムで一番オルタナ・カントリー・ロックっぽい雰囲気のタイトル曲を挟んで、ちょっとワールド・ミュージックっぽいコーラスで始まり、カントリー・ラグタイム風なメインヴァースに入る感じが独特の「John Saw That Number」、これもアコギとニーコの声だけとシンプルながら素晴らしいボーカルとメロディが胸を震わせてくれる「Dirty Knife」、ナッシュヴィルのライヴが終わった後のクラブで残ったバンドが何となくクールダウンでプレイしてる、その前で昔風のクラシックなマイクをいたわるようにニーコが歌ってる、そんなイメージが喚起される「Lion’s Jaws」などなど、アルバム後半も素晴らしい楽曲と、見事に構成された音像世界とのマッチングがあたかもフィルム・ノワールの映画を見ているかのような感覚でアルバムは完結します。
この後もニーコは『Middle Cyclone』(2009)、『The Worse Things Get, The Harder I Fight, The Harder I Fight, The More I Love You』(2013)と、いずれもクオリティの高い作品を出し続けていて、昨年2016年には以前からお互いに気になっていたという、k.d.ラングとやはりオルタナ・フォークのシンガーソングライター、ローラ・ヴェアーズとのユニット、ケイス/ラング/ヴェアーズ名義でのアルバムをリリース、いずれもシーンでは高い評価を受けています。
それ以外にも映画サントラへの楽曲提供や、オルタナ・カントリー/フォーク・シーンのアーティスト達の作品への参加の他、カナダのインディ・ロック・バンド、ニュー・ポルノグラファーのボーカリストとしての活動も平行して行っていて、今年リリースのアルバム『Whiteout Conditions』にも2曲でリード・ボーカルを取っているなど、相変わらず多岐に亘る活動を行っているようです。
でも遅れてきたニーコ・ファンとしてはやはり彼女のソロ新作を聴いてみたいところ。ちょうど深まってきた秋の雰囲気にピッタリな彼女の歌声と楽曲の数々を肴に気の合った仲間と旨い酒など酌み交わしてみたいな、とふと思う今日この頃です。
<チャートデータ>
ビルボード誌全米アルバムチャート最高位54位(2006.3.25付)
同全米インディ・アルバムチャート最高位4位(2006.3.25付)