新旧お宝アルバム!#49「McLemore Avenue」Booker T. & The MG’s (1970)

2016.7.11

新旧お宝アルバム #49

McLemore AvenueBooker T. & The MG’s (Stax, 1970)

この原稿はまだ日曜日の参院選投票の結果を見る前に書いていますが、このコラムがポストされる月曜日の朝、未来に向けて希望が持てる結果となっていることを切に願って、快晴の投票日、結果に期待を馳せたいと思います。

さて今週の「新旧お宝アルバム!」は「旧」のアルバムの番。先日このコラムをお休みした週に出張がてら立ち寄ってきたメンフィスはマクリーモア・アヴェニューにあるスタックス・アメリカンソウルミュージック博物館(Stax Museum of American Soul Music)。そのスタックス・レーベルを代表するアーティストと言えば、リーダーのブッカーTのオルガンをフィーチャーしたサザン・ソウル・インストゥルメンタル・グループ、ブッカーT&MG’sブッカーTといえば「グリーン・オニオンズ」などが有名ですが、その彼らが1970年に、あのビートルズに敬意を表して作ったトリビュート・アルバム、その名も『McLemore Avenue』をご紹介します。

McLemore Avenue (Front)

ジャケを見て思わずニヤリとした人、多いですよね(笑)。

そう、このアルバムのジャケは、このアルバムの半年前、1969年秋にリリースされたばかりのビートルズ後期の名盤『アビー・ロード』のジャケのズバリパロディです。『アビー・ロード』と違うのは、歩いているメンバーがビートルズの4人ではなく、ブッカーT&MG’sのメンバー、前からベースのドナルド・”ダック”・ダン、ドラムスのアル・ジャクソン・Jr、ギターのスティーヴ・クロッパー、そしてオルガンでリーダーのブッカーT・ジョーンズの4人であることと、横断しているのがロンドンのEMIスタジオ前のアビー・ロードではなく、メンフィスはスタックス・スタジオ(今は上述の博物館があります)前のマクリーモア・アヴェニュー(このアルバムタイトルの由来です)であること。楽しいですよね、こういう遊び心。

内容は正にその『アビー・ロード』の曲を、彼らのスタイルである、オルガンをメインにしたサザン・ソウル・グルーヴたっぷりのノリでインストゥルメンタル・カバーしているというもので、レコードのA面は「Golden Slumbers」「Carry That Weight」「The End」「Here Comes The Sun」「Come Together」の5曲のメドレーと、「Something」の2曲のみ。

レコードB面もやはり2曲のメドレーで、1曲目は「Because」と「You Never Give Me Your Money」のメドレーで、2曲目は「Sun King」「Mean Mr. Mustard」「Polythene Pam」「She Came In Through The Bathroom Window」そして「I Want You (She’s So Heavy)」という、あの『アビー・ロード』の怒濤のB面のメドレーをほぼそのままカバーしたというものです。

このアルバムを聴いて思うのは、曲の構成や順番がオリジナルの『アビー・ロード』とは結構異なっている、特に『アビー・ロード』のB面メドレーの曲を中心にしていて、A面の「Maxwell’s Silver Hammer」「Oh! Darling」「Octopus’s Garden」は取り上げられていないのですが、聴いていると正に『アビー・ロード』へ対する強いリスペクトを感じる、自然な構成になっていること。

それから、単なるカバーでは終わらず、一曲一曲の演奏がそれらの曲を正にブッカーT独特のグルーヴの中に取り込み、あの『アビー・ロード』の各曲が見事にサザン・ソウルのインスト・ナンバーとして蘇っていること。

ビートルズを知らない世代の若い洋楽ファンには、渋めのレア・グルーヴの逸品アルバムとして楽しんで頂けるでしょうし、ビートルズも『アビー・ロード』も充分ご存知のベテラン洋楽ファンの皆さんには、『アビー・ロード』に対する、ひと味違ったブラック・ミュージックサイドからのアプローチとして結構楽しめてしまうこと、間違いなしです。

リーダーのブッカーTはこのアルバムについて「『アビー・ロード』を聴いて、既にトップバンドとして君臨していたビートルズが、全くそんなことする必要ないのに、音楽的にもの凄く冒険して自分達のレベルを新たなところに持って行こうとしてるのをヒシヒシと感じて感銘を受けた。作品もどれも素晴らしかったし、こりゃ何かあのアルバムに敬意を表することをしなきゃな、と思って作ったのさ」と語ってます。

確かにどの演奏もオリジナルに敬意を表してかなり丁寧に、かつオリジナルにはないうねるようなグルーヴを生み出しながら演奏されているのがよくわかる、そんな好盤です。

McLemore Avenue (Back)

このアルバム、2011年にスタックスからリマスター盤CDが出ており、その際オリジナル収録曲に加えて、「Day Tripper」「Michelle」「Eleanor Rigby」「Lady Madonna」といったそれ以外のMG’sによるビートルズカバー曲をボーナストラックで加えたお得なバージョンが出回っていますので、こちらをCD屋さんで見かけた方は是非ゲットして下さい。

その後スタックス・レーベルの70年代中盤の破産により外へ向かうことを余儀なくされたブッカーTはソロ・アーティストとして、数々の作品のセッション・ミュージシャンとして、そしてビル・ウィザーズの『Just As I Am』(1971)やウィリー・ネルソンのアルバム『Stardust』(1978)のプロデューサーとして活躍。

ギターのスティーヴ・クロッパーもソロ、ザ・バンド関連やブルース・ブラザーズなどのバックアップ・ギタリストとしてのセッションワーク、白人でありながらウィルソン・ピケットIn The Midnight Hour」やオーティス・レディング(Sittin’ On) The Dock Of The Bay」などソウルの名曲のライターとして、そしてプロデューサーとしても活躍したのはご存知の方も多いところ。

残念ながら同じく白人ながら多くのソウルの名曲のセッションベーシストとして、そしてスティーヴ・クロッパーと共にザ・バンド関連やブルース・ブラザーズで多くの素晴らしい仕事をしたドナルド・ダック・ダンは2012年来日公演中に他界、そしてスティーヴが「この世で最高のドラマー」と呼んだアル・ジャクソンJr.は不幸にも1975年にメンフィスで暴漢に射殺され、オリジナルのMG’sは今や二人。しかしバンドは1992年にロックの殿堂入りを果たしています。

Booker_T_and_the_MGs

MG’sスタックスがその活動のピークを迎えていて、このアルバムをリリースした70年代初頭、ブラック・パワーの台頭で全米が盛り上がっていた頃に、ブラック・ミュージックへの敬意からバンドを始めたビートルズの創造的頂点の作品に対して、逆方向からの敬意を表して発表したこのアルバムを改めて聴き、アメリカにおいて未だに根強く残る人種差別に起因する最近の数々の事件を考えてみるきっかけとしてみてもいいのかもしれません。

<チャートデータ>

ビルボード誌全米アルバム・チャート 最高位107位(1970.6.20付)