新旧お宝アルバム!#34「Something More Than Free」Jason Isbell (2015)

2016.3.14

新旧お宝アルバム #34

Something More Than FreeJason Isbell (Southeastern, 2015)

もう春は目の前か、と思ったらここ数日は一気に真冬の寒さに戻ってしまいましたが、皆さん体調など崩されてはいないでしょうか。この寒さを乗り切ればもう桜満開の季節は目の前、ということで期待しつつ春の訪れを待つことに致しましょう。

さて、今週の「新旧お宝アルバム!」は「新」のアルバム紹介の順番。今回は、昨年各音楽誌での評価も高く、先日のグラミー賞でも見事最優秀アメリカーナアルバム部門を受賞した、ここのところ注目を集めるオルタナ・カントリー・ロックの流れの新たな担い手の一人、ジェイソン・イズベルのインディからの5枚目のアルバム『Something More Than Free』を取り上げます。

jason-isbell-something-more-than-free-(Front)

ちょっとマット・デイモン似のジェイソンはアラバマ州グリーン・ヒル出身、今年37歳になる既に年齢的にはベテランといっていいギタリスト兼シンガーソングライター。幼少の頃からアラバマ州、テネシー州エリアでカントリー・ミュージックやサザン・ロックを聴きながら育ち、ティーンエイジャーの頃にはギターだけでなく、トランペットやフレンチホーンなどいろいろな楽器をこなしていたようです。

その頃から曲を書き始め、21歳の時にはマッスルショールズのスタジオと楽曲出版契約を結ぶなど、シーンでの活動を始め、2001年22歳の時に、知り合いのつてでジョージア州アセンズ(あのR.E.M.と同郷)をベースにするオルタナ・カントリー・ロックバンドのドライヴ・バイ・トラッカーズにギタリスト兼ソングライターとして加入。

そこから2007年まで、アルバム4枚を出す間ドライヴ・バイ・トラッカーズの中心メンバーとして活躍、ジェイソンの書く曲はメンバーやファンからも高い評価を受けていたとのこと。

2007年、グループを脱退してからは、マッスルショールズ・エリアのミュージシャン4人を集めたザ・400ユニットを率いてソロ活動を開始。アルバムを重ねるごとにライアン・アダムス、ブルース・スプリングスティーンなど先達のミュージシャン達の評価を受けるようになり、今回のアルバム『Something More Than Free』は彼にとって初めての全米トップ10アルバム(初登場6位)となると同時に、カントリー、フォーク、ロックチャートのすべてで1位を獲得するという、彼にとっては正にキャリア・チェンジングなブレイク作になりました。ただ残念ながらインディ・リリースということもあり、どうやら日本発売の目処は立っていないようです。

Something More Than Free (insert)

このアルバムの楽曲は、彼が個人的に影響を受けたと語っているニール・ヤングの70年代前半の『渚にて(On The Beach)』(1974)くらいまでのアコースティック・メインの楽曲の中のそこここに彼の音楽キャリアに大きく影響を与えたと思われるカントリー系のサウンドや、メンフィスやマッスルショールズのR&Bの香りが感じられるというものが多くなっています。

冒頭の「If It Takes A Lifetime」は軽快なアコギのフィンガーピッキング・スタイルで、シャッフル・リズムに乗ってジェイソンがカントリーの先達の作品をリスペクトするようなメロディや歌唱スタイルで楽しくアルバムをスタートする小品。グラミー賞の最優秀アメリカーナ歌曲賞を受賞した続く「24 Frames」はエコーのかかったジェイソンのボーカルが、ライアン・アダムスの作品やブルース・スプリングスティーンのアコースティック系のナンバーを彷彿とさせるハートランドなミッドテンポのスケールの大きい曲。

[youtube]https://youtu.be/ZtgPeNKpnyw[/youtube]

続く「Flagship」はジェイソンがアコギ一本で切々と歌うシャッフル・バラードですが、メロディのブリッジへの展開というか持って行き方がもうまんまライアン・アダムスの影響を受けているのがありありで微笑ましい限りです。アルバム全体はこうした、アコギ中心で透明感あふれるジェイソンのボーカルが印象的な楽曲(「Something More Than Free」)や、70年代のカントリー・ロック・バンドからの流れを感じさせるスケールの大きいメロディ展開やマイナーコードを交えた叙情たっぷりのコード進行が印象的な曲(「Children Of Children」)など、いずれも楽曲の作りが緻密でありながらストレートでシンプルな印象を与える、聴いていてすーっとジェイソンの世界に入っていける、そんな楽曲が並んでいます。

アルバムのラス前「Palmetto Rose」はそれまでの流れからちょっと目先を変えて、エレクトリックで豪快なギターのバッキングが印象的な、ちょっとドワイト・ヨーカムとかを思い出させてくれるようなネオロカビリーっぽいナンバー。ラストの「To A Band That I Loved」は再び透明感たっぷりのジェイソンのボーカルが、ワルツのリズムに乗ってアコギやピアノのフレーズの中に、途中ファズがバリバリに効いたギターのフレーズが顔を出す、という曲。どうやら内容的には以前在籍していたドライヴ・バイ・トラッカーズにいた頃のことを振り返りながら書かれた曲のようで、昔のバンド仲間達に向けてこう語りかけて、余韻たっぷりにアルバムを終わります。

「未だに君らの顔をいかにもな場所やあり得ない場所で見ることがあるんだ

どこかデカ過ぎる音でプレーしているか、自分達のショーで残り少なくなった観客の中でプレーしている時に

もう帰る時間はとっくに過ぎているのに残ってくれている観客たちの中で

もう帰る時間はとっくにすぎているのに残ってくれている観客たちの中で」

Something More Than Free (back)

このコラムでこれまでにも取り上げたライアン・アダムスが、2000年ウィスキータウンというバンドを脱退して、自らのソロ活動を始め、この15年くらいの間にオルタナ・カントリーのシンガーソングライターの流れを確立したのと同じように、ジェイソンが2007年にドライヴ・バイ・トラッカーズを脱退してからの活動が約10年の時を経て、琥珀の時期に入ろうとしている、そんな円熟味と青年っぽさを残したような感情の高まりを感じさせるような楽曲と歌声がとても印象的な作品。

これまでに名前の挙がったライアンブルース以外に、ジャクソン・ブラウンなどのアメリカのストーリー的な作品をメインとするシンガーソングライターの潮流の中心のアーティスト達の流れを脈々と組む、このアルバム、じっくり味わって聴いてみられることをお勧めします。

<チャートデータ>

ビルボード誌全米アルバム・チャート 最高位8位(2015.8.8付)

同全米カントリー・アルバム・チャート 最高位1位(2015.8.8付)

同全米フォーク・アルバム・チャート 最高位1位(2015.8.8付)

同全米ロック・アルバム・チャート 最高位1位(2015.8.8付)