新旧お宝アルバム!#38「Infinite Arms」Band Of Horses (2010)

2016.4.11

新旧お宝アルバム #38

Infinite ArmsBand Of Horses (Columbia, 2010)

とうとう桜もこの週末で終わってしまったようで、これからは春本番の素晴らしい季節。ボブ・ディラン、エリック・クラプトン等々海外アーティスト達のライヴも目白押しで、暖かい気候の中、音楽ライフをエンジョイされている方も多いと思います。

今週の「新旧お宝アルバム!」は「新」のアルバム紹介ということですが、6年前にリリースされたのでちょっと時間は経ってしまっているのですが、今の季節にぴったりの春らしい暖かさと詩情あふれる優れた楽曲を満載したアルバムを次々にリリース、21世紀のオルタナ・カントリー・ロック・シーンの重要な一角を占めているサウス・キャロライナをベースに活動する5人組、バンド・オブ・ホーセズが2010年にリリースした名盤『Infinite Arms』を取り上げます。

Infinite Arms (Front)

そもそもいわゆるオルタナ・カントリー・ロックといわれるジャンルがメインストリームにも認知されるようになったのは、1980年代後半アルバム『Guitar Town』(1986)でカントリー・ベースの楽曲を新たなロックへのアプローチとして提唱したスティーヴ・アールや、伝統的なカントリーの手法とハードコア・パンクのアプローチをミックスしたスタイルで新しいロック・スタイルを築いたイリノイ州出身のアンクル・テュペロらが活動しだした頃。1994年にそのアンクル・テュペロが解散、その元メンバーが結成したのが今でも活動を続けており今年のフジロック・フェスティヴァルにもやってくる今や大御所オルタナ・カントリー・ロック・グループのウィルコサン・ヴォルトでした。そのアンクル・テュペロの解散から10年後、シアトルで結成されたのがこのバンド・オブ・ホーセズ。彼らはある意味第2世代のオルタナ・カントリー・ロック・バンド、ということができます。

そのスタイルは、スティーヴ・アールがあくまでストイックなハードコア・カントリーを軸にロック的アプローチを展開していたり、ウィルコがよりパンク的なアプローチや、ノイズ系のサウンドなど実験的なアプローチで先進的な作品を発表したり(アルバム『Yankee Hotel Foxtrot』(2002)はそのアプローチでの傑作)しているのに比べて極めてオーソドックスで、ある意味70年代のイーグルスポコといったメインストリームのカントリー・ロック・バンドの意匠を明確に受け継いでいるのが特徴であり、彼らの魅力だということができるでしょう。

しかし彼らのサウンドはただ耳に気持ちよいカントリー・ロックだけではなく、90年代を通過したことが明らかな、エッジの立ったギターサウンドなども配した楽曲構成が特徴的です。あの90年代のグランジ・ブームを生み出したシアトルのレコード・レーベル、サブ・ポップからデビューしたということも彼らのこうしたサウンドを形作っている要素なのでしょう。

Band Of Horses

このアルバムのオープニングを飾るのはほとんどシアトリカルともいえるドラムロールと昔のザ・バンドあたりを思わせるノスタルジックなイントロで始まる「Factory」。この曲のドリーミーで優しい歌声とメロディは彼らの最大の魅力である楽曲の素晴らしさを最大限に発揮しています。続く「Compliments」はメロディは60年代のバーズ、ホリーズあたりを思わせるノスタルジアを漂わせながら、サウンドはよりギターのエッジを効かせたもう一つのBOHの魅力を湛えたもの。当時ロック・チャートでちょっとしたヒットになった「Laredo」も同じ路線の楽曲です。

続く「Blue Beard」「On My Way Back Home」といった楽曲も同じようにちょっとロック的なエッジが立ったアレンジですが、メロディ的にはバーズ的な肌合いの作りで聴く者の胸を弾ませてくれます。

アルバムタイトル曲の「Infinite Arms」は、後半の「Evening Kitchen」「For Annabelle」と併せて、このアルバムで最もメインストリームのカントリー・ロック、もっと言ってしまうと、以前このコラムでもファースト・アルバム『Pickin’ Up The Pieces』(1969)をご紹介したポコの影響をとても強く感じさせる、美しくも詩情的な楽曲で、ある意味このアルバムのハイライトでもあります。ここでのボーカルのベン・ブリッドウェルの歌は間違いなくポコラスティ・ヤングのあの甘くも郷愁を感じさせるボーカルをそのまま再現していて、ポコのファンにはたまらない楽曲群だと思います。もう一つ「Older」はさらにニッティ・グリッティ・ダート・バンドフライング・ブリトー・ブラザーズといった大御所の70年代カントリー・ロックの意匠を忠実に再現した曲であり、これももう一つのこのアルバムのハイライトといえます。

Inifinite Arms (Back)

このアルバムの魅力はつまるところ、60~70年代のバーズポコ、ニッティ・グリッティ・ダート・バンドなどのメインストリームのカントリー・ロックを彷彿とさせる楽曲と、90年代の新しいロックを経由してベースに蓄えられたギター・ロックをメインとしたエッジの立った楽曲が見事マリアージュされ、21世紀の今の時代に聴いても納得して楽しめるところなのです。

とにかくノスタルジックなドラムロールで始まる「Factory」から大作映画の最後のエンドロールを思わせるような、広大な荒野を映像として想起させるような楽曲「Neighbor」で終わるまで、このアルバムは捨て曲一切なし。それを確認するかのように、このアルバムはその年のグラミー賞の最優秀オルタナティヴ・アルバム部門にもノミネートされています(受賞はブラック・キーズの『Brothers』)。

彼らは今年まもなく久々の新譜発表を予定しているということですが、過去このアルバムリリース直後の2010年サマーソニックを含めて2回の来日を果たしていながらまだまだ日本のメディアではその名前が上ることが少ないバンド・オブ・ホーセズ。それにしてはこのバンドの奏でる音楽は極めて上質のものであり、今のオルタナ・カントリー・ロックの最もメインストリームに近いこのアルバムの素晴らしい楽曲たちを、日々暖かさを増す今の季節に楽しんで頂きたいと思います。

<チャートデータ>

ビルボード誌全米アルバム・チャート 最高位 7位(2010.6.5付)

同全米ロック・アルバム・チャート 最高位2位(2010.6.5付)