新旧お宝アルバム #25
『Adventures In Paradise(ミニーの楽園)』Minnie Riperton (Epic, 1975)
2015年もいよいよ最終週。年末の大掃除や年賀状、お節の準備など慌ただしくも心弾む毎日を過ごされていることと思います。こういう年末の時期は、やっぱり心落ち着く音楽や気持ちをゆったり持てて一年を振り返ることのできる音楽をゆっくり楽しみたいものですね。
そこで今年最後の「新旧お宝アルバム!」、「旧」のアルバムとして取り上げるのは、ソウルファンのみならず70年代からの洋楽ファンであれば多くの方が名曲で全米No.1ヒットの「Lovin’ You」でご存知のミニー・リパートンがその「Lovin’ You」を含むアルバム『Perfect Angel』の次にリリースした隠れた名盤『Adventures In Paradise(ミニーの楽園)』を取り上げます。
ミニー・リパートンといえば、5オクターブの音域を誇るコロラチュラ・ソプラノ・ボイスで有名で、冒頭でも触れた「Lovin’ You」の中でもその高音域のボーカルテクニックをとても自然にかつダイナミックに見せつけてくれ、当時の音楽ファンのみならずミュージシャン達の間でも敬愛されていたシンガー。
スティーヴィー・ワンダーの全面プロデュースでその「Lovin’ You」の大ヒットを含むアルバム『Perfect Angel』は全米アルバム・チャートで4位に昇る出世作となりましたが、それに続くこのアルバムからは前作のような大ヒットシングルも出ず、アルバム自体もチャートでは前作ほどのヒットにはなっていません。
しかしだからといってこのアルバムが前作に劣るわけではありません。ミニーとソングライティング・パートナーで夫のリチャード・ルドルフは、おりから自分のアルバム『Songs In The Key Of Life』の制作に没頭していたスティーヴーの代わりに、数々の第一線のポップ、ジャズ、R&Bアーティスト達を手がけてきたベテラン・プロデューサーのスチュアート・レヴィンを迎え、3人での共同プロデュース体勢でこのアルバムの制作に着手。
また、こちらも当時間もなく発売されるマーヴィン・ゲイの歴史的名盤『I Want You』(1976)でその名を一躍知られることになるR&Bソングライターのレオン・ウェアが3曲でミニー夫婦と共作、さらにはクルセイダーズのメンバーだったギターのラリー・カールトンとキーボードのジョー・サンプルを中心として、トム・スコット(サックス)やジム・ゴードン(ドラムス)といったジャズ・ミュージシャンや名うてのセッションプレイヤー達ががっちりとバックを固める体勢。これで悪いレコードができるわけがなく、前作がど真ん中ストライクのソウル・アルバムだったとすると、このアルバムはよりジャズ・ソウル的なスムーズなグルーヴと魅力をふんだんに湛えた、70年代を代表すべき作品に仕上がっていました。
このアルバム全体を聴いて感じるのは、ジャジーなトラックをタイトな演奏で固めるバックに気持よく身を任せるかのような、ミニーのボーカル。前作では妖精のような高音ボーカルを駆使しながら、ストレートな愛と夢と神への憧憬を歌っていたミニーのボーカルが昼間にさえずる小鳥の声だったとすると、このアルバムでは打って変わったように夜のイメージを喚起させるジャズ・トラックに乗って、レオン・ウェアとの共作曲「Baby, This Love I Have」「Inside My Love」といったセクシーで官能的な男女の愛を歌うミニーの歌声は月夜に佇んでセレナーデを歌う妖艶な美女の歌声といったイメージです。
そんな一方でジョー・サンプルが共作したアルバム・タイトル曲は、正にクルセイダーズっぽいアップテンポなトラックに、ミニーの高音域ボーカルがあたかも楽器の一つのように一体となったパフォーマンスで、また違ったグルーヴを楽しむことができます。
また、アルバム後半、アップテンポなナンバーの後にアコギの爪弾きに始まり、ほっとするような静かなトラックとミニーの美しいボーカルが楽しめる「Alone In Brewster Bay」などの曲もまた違った表情を感じることが出来、このアルバムの楽曲の多様性を感じさせてくれます。
70年代のこうしたジャズとソウルがブレンドされたような楽曲はレア・グルーヴなどと呼ばれて、その後90年代以降のR&Bやヒップホップ・アーティスト達に強い影響を与えていることが多いわけですが、このアルバムの後のR&B・ヒップホップシーンに及ぼす影響はとりわけ大きいものがあり、数々のアーティスト達がこのアルバムにインスピレーションを受けています。
ミニーの歓喜にうめくようなボーカルがアルバム中最も官能的と言われる「Inside My Love」は後にR&Bシンガーのシャンテ・ムーアがカバー、映画監督のクエンティン・タランティーノが映画『Jackie Brown』(1997)の一シーンで使うなど、人気の高い曲。
またアルバムのオープニングを飾るこちらも官能的なミニーの歌声が聴くものの興奮を呼ぶナンバー「Baby, This Love I Have」は、90年代を代表するヒップホップ・グループ、ア・トライブ・コールド・クエストの代表曲「Check The Rhyme」にサンプリングされるなど、このアルバムの及ぼす影響を如実に表しています。
ミュージシャンたちに限らず、70年代のR&B・ソウルファンの間では、このアルバムは前作に劣らず根強い人気を誇る盤ですが、残念ながら最近このアルバムが広くラジオなどで紹介されることは少ないのが残念なところです。
この後ミニーは乳がんと診断され、乳房除去手術を受けるなどしながら自らが癌であることを公表し、最後までツアーとレコーディング活動を続けていましたが、残念ながら1979年7月12日、31歳の若さで他界しています。
しかし「Lovin’ You」とアルバム『Perfect Angel』が後のマライア・キャリーを始めとする90年代以降のR&B女性シンガーたちに大きなインスピレーションを与え、このアルバム『Adventures In Paradise』がこの時代のジャズ・ソウルの代表的名盤の一つとして、そしてヒップホップにおいて人気の高いサンプリング・ソースとして様々な影響を与えていることが、他ならぬミニーのアーティストとしての素晴らしい遺産として受け継がれていることを、最近のR&Bやヒップホップ作品を聴くにつけ感じます。
ミニーの他界当時7歳だった娘のマヤ・ルドルフはその後TV人気コメディ番組『Saturday Night Live』の1999年シーズンのキャストとして頭角を現し、その後も女優・コメディアンヌとして活躍しています。
ミニーの生の歌はもう聴くことができませんが、こうしてミニーのレガシーを感じながら、このアルバムのミニーの素晴らしいボーカルと心地良いグルーヴに身を任せて年末の一時を過ごすのもなかなかオツなものではありませんか。
<チャートデータ>
ビルボード誌全米アルバム・チャート 最高位18位(1975.7.26付)
同全米ソウルLPチャート 最高位5位(1975.8.2~9付)
「Inside My Love」
同全米シングル・チャート(Hot 100)最高位76位(1975.8.23~30付)
同全米ソウル・シングル・チャート 最高位26位(1975.9.20付)