新旧お宝アルバム!#159「Duncan Sheik」Duncan Sheik (1996)

お知らせ

2019.10.21

新旧お宝アルバム #159

Duncan SheikDuncan Sheik (Atlantic, 1996)

台風19号に続いてこの週末の雨で被災者の皆さんは引き続きご苦労されていることと思います。我々も義援金の寄付など、できることをしなければいけないし、被災者の皆さんの一日も早い日常復帰を心より祈っています。

朝晩がめっきり肌寒くなってきた今日この頃、秋が次第に深まるのを感じますが、今週の「新旧お宝アルバム!」は引き続き深まる秋にぴったりの作品をお届けします。久々の90年代作品再評価シリーズということで、当時新人ながらその作品のクオリティの高さで注目を集め、その後は数々のミュージカル作品の音楽制作者として活躍を続けるシンガー・ソングライター、ダンカン・シークのデビューアルバム『Duncan Sheik』(1996)をご紹介します。

90年代作品を改めて評価してみよう、第11弾。

ポイグナント(poignant)という表現をご存知でしょうか。

もともとは「胸に突き刺さるような」という意味の英語ですが、一般的にはその転意で「見る者、聴く者の胸に強く訴えかけるような感動を呼ぶ」という意味に使われる表現のことばです。

1996年当時、ダンカン・シークのぱっと聴きには地味な感じのトップ40ヒット「Barely Breathing」を何回か聴くうちに感じたのは正にこのポイグナントな感動でした。下手をすると単調な起伏のない繰り返しのAメロから、正にその歌詞のように軽く「息ができなくなるくらい」のカタルシスを持ったBメロに突入した瞬間、一気に持って行かれるような感動を覚えるこの曲、当時のFMラジオで長期間に亘ってヒットとなり、その前年にビルボード誌Hot 100連続滞在週数記録を更新したエヴリシング・バット・ザ・ガールの「Missing」と並ぶ55週連続チャートインを記録(同じ週に55週を記録したジュエルの「Foolish Games / You Were Meant For Me」はその後も記録を65週まで伸ばすのだが)。その年のグラミー賞最優秀男性ポップボーカル部門にノミネートされるなど、ダンカンの名前を一躍シーンに知らしめたのでした。

https://youtu.be/A-oh-tP6RvA

しかし今回ご紹介するデビューアルバムで特にこの「Barely Breathing」だけが際立っているわけではなく、アルバム全体のトーンは秋を思わせる抑えめながらオーディエンスに強い印象を思わせる楽曲群で統一されていて、それらの曲調スタイルは、アメリカのシンガーソングライターの楽曲というよりは、どこかヨーロッパの美しい街角を舞台にした映画のバックグラウンドで歌われている曲を思わせるような哀愁をたたえ、時折胸をつく感動(ポイグナンス)を想起させる楽曲ばかり。

アルバムのプロデュースが、あのハワード・ジョーンズの一連の作品のプロデュースで80年代に名を成したルパート・ハインの手によるところもこうしたアルバムのトーンを作り上げる大きな要素にもなっているのでしょうが、それに加えてダンカン自身の作風スタイルの独特さが際だっているように思います。ブラウン大学在学時代には、あのリサ・ローブともグループを組んで活動していたというあたりからも分かるように、基本的な作風スタイルはフォークやアメリカーナをベースにしたシンガーソングライター的なそれであり、ダンカンの場合はそれが映像を想起させるようなビジュアル性をもったメロディと歌詞で独特なものを作り上げているように思います。

https://youtu.be/LX3vsw2F_DA

Barely Breathing」以上にスケールの大きいメロディと楽曲構成がアルバムオープニングからいきなり軽い感動を呼び起こす「She Runs Away」、このアルバムの中では比較的アメリカーナっぽいメロディと楽曲スタイルで、基本ダンカンのアコギ弾き語りにストリングスが控えめに被さっていくという展開の美しいメロディの「In The Absence Of Sun」、「Barely Breathing」を挟んで、静謐なピアノのイントロから静かに楽曲が展開していく「Reasons For Living」そして室内弦楽曲的にアコギとチェロがヨーロッパ的な楽曲の世界を静かに織りなす「Days Go By」などなど、いずれもポップセンス溢れる一方で、音数を重ねていくというより適格な音の引き算も駆使して音数を抑えながら、映像感と感動があふれ出るような楽曲が並んでいます。

https://youtu.be/_79pKCOasZ8

ダンカンのこのアルバムはその完成度の高さから、その年のローリング・ストーン誌の年間アルバムランキング7位に選ばれるなど当時シーンでも高く評価されたのですが、シングルヒットも「Barely Breathing」以降チャートインせず、その後もコンスタントに『Humming』(1998)、『Phantom Moon』(2001)、『Daylight』(2002)と、彼独特の魅力的な楽曲を聴かせるアルバムをリリースするのですが、商業的には全く振るわず、とうとうアトランティック・レーベルとの契約も終了。このままワン・ヒット・ワンダーとしてポップの歴史に名前を残すだけで終わってしまうのかとも思われました。

ところが、2006年に5枚目の『White Limousine』をインディーレーベルからリリースした頃と時を同じくして、それまでに8年かけて『Phantom Moon』以来コラボしていた詩人のスティーヴン・セイターと書き上げたロックミュージカル『Spring Awakening(春のめざめ)』がニューヨークのオフ・ブロードウェイで開演。たちまち人気を呼びその秋にはブロードウェイでも開演、その年のトニー賞の最優秀ミュージカル部門を含む8部門受賞、その勢いでグラミー賞の最優秀ミュージカル・ショー・アルバム部門も受賞、その年を代表するミュージカルとして大ヒットになりました。

後にポップ・ミュージック・シーンに大きな反響を呼んだTV音楽コメディ番組『Glee』でメインストリームにブレイクすることになるリー・ミシェル(『グリー』のレイチェル役)のキャリアを大きくブレイクすることになったこのミュージカルの成功で、ダンカンは新たにミュージカル音楽作曲家としてのキャリアを歩み出すことに。その後もダンカンセイターと再び共作の『Alice By Heart』(2012、ルイス・キャロルの『不思議の国のアリス』をベースにしたミュージカル)、2013年には映画『アメリカン・サイコ』のミュージカル版や犬を主人公にした大ヒット小説『Because of Winn-Dixie』のミュージカル版の音楽制作、2016年にはワシントンDCのシェイクスピア・シアター・カンパニーによる『じゃじゃ馬ならし』の演劇公演に曲を書くなど、第2のキャリアを着実に進んでいる様子です。

一方、ミュージシャンとしてもその後、曲を提供したミュージカルの自作曲を収録した『Whisper House』(2009)、デペッシュ・モード、ハワード・ジョーンズ、ティアーズ・フォー・フィアーズ、スミスといった80年代のUKミュージシャンの曲をカバーした『Cover 80’s』(2011)、今のところの最新作の『Legerdemain』(2015)と、アルバムも時折リリースしているようです。

今回ご紹介のデビューアルバムだけでなく、その後ダンカンがリリースしているアルバムはどれも彼の非アメリカ的で、ポイグナントな映像感満載の独特のスケールの大きい世界観が感じ取れる作品ばかりですので、秋が深まり始めたこの季節、そうした彼のアルバムを生活のサウンドトラックにしてみるのもいいかもしれません。

<チャートデータ>

全米アルバムチャート 最高位83位(1997.4.19付)