新旧お宝アルバム!#121「Mental Illness」Aimee Mann (2017)

2018.5.21.

新旧お宝アルバム #121

Mental IllnessAimee Mann (SuperEgo, 2017)

先週も連日の夏日、週末当初は雨の予報でしたがそれもどこかに行って正に五月晴れというにふさわしい素晴らしい天気でした。この週末はいろんなアクティヴィティで存分に五月の爽快な天候を楽しまれた方も多かったと思います。

さて今週の「新旧お宝アルバム!」は、80年代にティル・チューズデイのリード・ボーカルとしてシーンで地位を確立した後ソロに転じ、90年代以降コンスタントに自らのインディ・レーベル、スーパーエゴから着実にアルバムをリリース、自らの心情を率直に歌う楽曲を通じて高い評価を得続けているエイミー・マンが、昨年5年ぶりにアルバム『Mental Illness』(2017)をご紹介します。

このアルバムの前作になる『Charmer』(2012)はどちらかというと元気のいいポップ・ロック風の作品だったのですが、この『Mental Illness』は一貫してアコースティックで、物静かで、思索的で、ストリングスが多くの楽曲でフィーチャーされている、どちらかというとムーディーなアルバム。

加えてタイトルも決して明るくないですし、多くの楽曲の題材が人生における後悔や現状を嘆くようなものであり、エイミー自身も「これまで自分が作った作品の中で最も悲しく、スローで、アコースティックなアルバム」と言っているように前作とはいろんな意味で対照的な作品です。

実際このアルバムの制作中、彼女のマネージャーはもっとアップテンポな曲を書くように迫ったらしいのですが、彼女は「今の感情を表現するにはこれしかない」とアルバム制作のアプローチを変えなかったといいます。

結果、ここで聴けるのは、人生の悲しい状況の数々に対する、シンガーソングライター、エイミー・マンの偽りのない感情の吐露と、そのようなテーマでありながら決してダウナーに落ち込んで行かず、むしろ「人生にはいろんな悲しいこともあるけど、悲しんでばかりいずに生きて行きなさい」と、トンネルの先の小さな光にエイミーが導いてくれているような、そんな不思議な満足感を与えてくれる、美しい楽曲が宝石箱のように目の前に広げられる、そんなイメージを与えてくれる作品です。

アルバムのファーストシングルとなった冒頭の「Goose Snow Cone」はエイミーがアイルランドツアー中の雪の日にホームシックになって、インスタグラムで友人のグースという名前の猫の写真を見ていて書いたという曲。静かにほとんどアコギの爪弾きとコーラスだけをバックにゆっくりと流れていく、孤独について歌ったこの地味と言ってもいい曲のスタイルがほぼ一貫してアルバム最後まで続きます。

https://youtu.be/fhThS-PJOFE

ワルツのリズムでアコギとオルガンをバックに、エイミーのフォーキーなボーカルで過去の過ちを振り返る「Stuck In The Past」、春のそよ風のようなメロディで、相手がもともと自分のことを愛してなどいなかった、と淡々と歌う「You Never Loved Me」などなど、アルバム冒頭から流れるようにシンプルながら聴く者を引き付けるエイミーの楽曲が続きます。

このアルバムで最も「ロック」っぽいアレンジながら、ザ・バンドの最もスローな曲よりもレイドバックな感じで、知り合って大分経ってから実は双極性障害だったと分かった友人の過去の行動や発言の不可解さがやっと理解できた、と歌うというなかなかヘヴィなテーマの「Lies Of Summer」から、こちらもこのアルバムの中では最もサウンド・プロダクションが施され、そこはかとないフォーキーなポップさが魅力の「Patient Zero」、ピアノの弾き語りで70年代初頭のシンガーソングライター然とした印象深いメロディが素晴らしい「Good For Me」、トルバドゥール風のアコギストロークをバックに夢見るように流れるメロディが、「あなたはもう彼女をものにするチャンスを台無しにしたんだから、もういい加減に諦めなさい」という歌詞となかなかミスマッチな「Knock It Off」といった、中盤の楽曲群がこのアルバムの中でもハイライトと言っていいでしょう。

https://youtu.be/en8HZ6X20Og

アルバムの後半もムーディながら、それでいて聴く者を引き付ける楽曲は続き、最後の「Poor Judge」は男女関係の素晴らしいスタートから、関係破綻後にそれまでのそれぞれの「まずい判断」の数々を振り返るという、このアルバム全体を象徴するほろ苦い、ピアノの弾き語りとストリングがゴージャスにコラボする楽曲。全編39分という長さがあっという間に終わってしまった、という感じを残してアルバムは完結します。

こんな地味で、そして内省的でムーディーな作品でありながら、このアルバム発表直後からシーンでの評価は高く、ローリング・ストーン誌MOJOなどいくつかの有力音楽誌の2017年の年間アルバムリストにもランキングされ、更には今年1月発表の、第60回グラミー賞最優秀フォーク・アルバム部門を見事受賞、彼女に取って初の作品グラミー(第48回で最優秀レコーディング・パッケージ賞を受賞したことあり)となり、改めてエイミーの名前に注目が集まることになりました。

しかしおそらくこの受賞や各誌の反応があっても、エイミー自身は自分の心情や創作意欲に正直なアーティスト活動を今後も続けていくことでしょうし、そうした彼女の次の作品がどのようになるのか、興味が尽きないところです。

それまでの間、風薫る五月の天気を楽しみながら、エイミーの心に染み入るようなこのアルバムを楽しんでみてはいかがでしょうか。

<チャートデータ> 

ビルボード誌全米アルバム・チャート 最高位54位(2017.4.22付)

同全米ロック・アルバム・チャート 最高位7位(2017.4.22付)

同全米アメリカーナ・フォーク・アルバム・チャート 最高位4位(2017.4.22付)