2018.5.14.
新旧お宝アルバム #120
『Love Has Got Me』Wendy Waldman (Warner Bros., 1973)
先週の寒々しい雨空からまた一気に暖かい日々が続いたこの週末、いよいよ音楽を存分に楽しむには絶好の季節になってきました。MLBシーズンも佳境に入り、大谷選手も連日の活躍の様子が頼もしい限り。あとはMLBファンとしてはダルヴィッシュの早期の復活を望みたい今日この頃です。
さて今週の「新旧お宝アルバム!」は、久しぶりに1970年代のアルバムを温故知新。70年代初頭から特にウェストコースト・シーンを中心にシンガーソングライターやセッション・ボーカリストとしての多彩な活動を続け、近年も元気に活動を続ける、ウェストコースト・ロック・ファンにはお馴染みの女性シンガーソングライター、ウェンディ・ウォルドマンのデビュー・ソロ・アルバム『Love Has Got Me』(1973)をご紹介します。
このコラム、ここのところ女性アーティストを続けて取り上げていますが、やはりこういう爽やかな季節になると心に染みる女性アーティスト達の作品に針を落としたくなるのも必然ということで。
ウェンディ・ウォルドマンといえば、古くからのウェストコースト・ロック・ファンの間では、まだメジャーブレイクする前のカーラ・ボノフ、アンドリュー・ゴールド、そして後にカーラやリンダ・ロンシュタットのバック・バンドの主要メンバーとして、またウェストコーストの重要セッション・ミュージシャンの一人として活躍するケニー・エドワーズと4人によるグループ、ブリンドルで70年代初頭活動、その後リンダやアンドリューらのアルバムのセッション・ボーカリストとして、またマリア・マルダーやランディ・マイズナーらのアルバムに曲を提供するソングライターとして、つとに有名なアーティスト。
しかし彼女自身はこれまで商業的成功のスポットライトを浴びたことはほとんどなく、唯一1992年にヴァネッサ・ウィリアムスが歌って全米1位、そしてその年のグラミー賞のレコード・オブ・ジ・イヤーとソング・オブ・ジ・イヤーにノミネートされた「Save The Best For Last」(以前このコラムでご紹介したフィフス・アヴェニュー・バンドのジョン・リンドとの共作)の成功くらいです。それでも彼女の織りなす、フォークやラテン、R&B、オールド・タイム・ミュージックといった様々な要素が一体となった心和ませる楽曲と、ナチュラルな歌唱スタイルのボーカルが、古くからのSSWファンのみならず、同僚のミュージシャン達をも魅了し続けてきました。
そのウェンディがブリンドルが録音したアルバムを発表することもできず、シングル1枚で解散した後にメジャーのワーナーと契約、リリースしたのが今日ご紹介する『Love Has Got Me』。後に『Born In The U.S.A.』(1984)ほか80年代のブルース・スプリングスティーンの一連のヒットアルバムを手がけてその名を馳せることになるチャック・プロトキンがプロデュースを手がけた初期のアルバムになるこの作品、ウェンディの楽曲やパフォーマンス・スタイルをいかに引き立たせるかということに気を配っていることがよく分かるアルバム作りで、全体素晴らしい作品に仕上げています。もちろん曲は全曲ウェンディの自作。
そしてバックを固めるのはこの時期のウェストコーストの名うてのミュージシャン揃いで、リー・スクラー(ベース)とラス・カンケル(ドラムス)のザ・セクションのリズム隊やケニー、アンドリューのブリンドル仲間達を中心に、面白いのはクルセイダーズのサックス奏者、ウィルトン・フェルダーがB面の6曲全曲でベースを担当していること。この頃はまだウィルトンはウェスト・コーストのスタジオ・ミュージシャンとしての仕事が多かった時期で、あのジャクソン5の「I Want You Back」のベースもウィルトンの仕事だというのはよく知られたところです。つまりウェンディのバックは誠に手堅いミュージシャンで固められていた、というのもこのアルバムの完成度を高めている重要な要因でしょう。
ケニーのつま弾くマンドリンで優しく始まって、ちょっとリンダ・ルイスを彷彿させるようなエキゾチックなメロディ展開とボーカルスタイルで徐々に楽曲を盛り上げていく冒頭の「Train Song」、後半のアンドリュー・ゴールドの控えめなギターソロやオルガンをそこはかとなく配するあたり、取りあえずウェンディの音楽スタイルのあらゆる側面を少しずつ聴かせてくれる、そんなアルバムオープニングにはふさわしい曲です。
ウェンディの楽しそうな笑い声で始まり、ウェンディのピアノと、TVや映画音楽作曲で有名なお父さんのフレッド・シュタイナーがアレンジしたストリングスとが、ちょっとジャズっぽいコード進行?と思えるような独得なメロディを操りながらちょっとエキゾチックな感じのバラードになっている「Thinking Of You」は一転70年代SSWらしい雰囲気を演出。
そしてこのアルバムでも3曲でバックボーカルに参加している、「真夜中のオアシス」で有名なマリア・マルダーがアルバム『Waitress In A Donut Shop』(1974)でカバーしていた、マリアッチ風味の異国情緒満点のオールド・タイミーな楽しいナンバー「Gringo En Mexico」で、ウェンディの多彩な作品スタイルの魅力にぐっと持って行かれます。
ウェンディのピアノだけの弾き語りで叙情的で力強く、自然との対話を表現したミディアムの「Horse Dream」、アコギのややラフなストロークからちょっとテックス・メックス風のシャッフルに展開していく「Can’t Come In」、そしてまた父フレッドのアレンジによる、アコーディオンをフィーチャーしたクラシックでムーディーな「Pirate Ship」でA面はしっとりと一旦幕を閉じます。
B面は、いかにもカリフォルニアの70年代のSSW然とした、クリアな青空を連想させるアップビートな「Old Time Love」でスタート。続いてウェンディの本領発揮たる、オールド・タイミーでガーシュインとかの時代の音楽を連想させる「Vauderville Man」は、こちらもマリア・マルダーがこのアルバムと同時期リリースのデビューアルバム『Maria Muldaur』(1973)でカバーしていたナンバー。そう考えるとこういう曲でのウェンディのボーカルにはマリアに共通するような、エキゾチックなセクシーさがほんのり感じられます。続く「Lee’s Traveling Song」は「ライオン・キング」とか「ターザン」とかのアニメ映画の挿入曲にぴったりでは、と思わせるような曲調。
このアルバムもう一曲のいかにもカリフォルニアのSSW然とした洒脱なナンバー「Natural Born Fool」に続いて、ごくごくシンプルな、ほとんどジャズ・カルテット的な楽器構成と押さえた音数で、ふわっとしたイメージで聴かせるバラード「Waiting For The Rain」でぐっとテンションを落としたアルバムは、初期リンダやカーラ・ボノフのファーストなどによく聴かれたマイナー調のメロディにシンプルなアコギやエレピが絡む、それでいて力強いボーカルのサビが印象的なアルバムタイトルナンバーで静かにエンディングとなります。
ウェンディはこのアルバムに続いて、同じくチャック・プロトキンのプロデュースで、今度はマッスル・ショールズ・スタジオで全面的に録音された、R&B・スワンプ風味満点のこちらも素敵なアルバム『Gypsy Symphony』(1974)、その2枚から一転してややムーディで地味ながらウェンディの楽曲が光る『Wendy Waldman』(1975)など、ワーナーから5枚のアルバムを出しましたが、いずれも商業的には結果が出ず、ウェンディはワーナーを離れて1982年にはナッシュヴィルに移住、以降80~90年代は、自らの作品は3枚のみでもっぱらカントリー・アーティストを中心にした他のアーティストへの楽曲提供活動を続けました。
この時期に彼女が最も商業的成功に近い所まで行ったのは、あのドン・ジョンソンの「Heartbeat」(1986年全米5位)をあのエリック・カズと共作してヒットさせたことくらい。この曲は彼女自身のアルバム『Which Way To Main Street』(1982)に収録されていたのを取り上げられたものでしたが、このアルバムは80年代のシンセ打ち込みサウンド満載で当時のウェンディファンの期待に応えるものではなかっただけに皮肉なものです。
近年、1995年にはあのブリンドルを再結成してアルバム発表、ツアーもしたり、2002年には同じメンバーで『House Of Silence』を発表。2007年には女性ロッカーのシンディ・バレンズらとザ・レフュジーズなるバンドを結成してアルバムも3枚リリースしたりと、少なくとも様々な形での音楽活動は継続している様子。
しかしブリンドル時代以来のウェンディ・ファンにとっては、またあの瑞々しくもややエキゾチックなウェンディの作品やボーカルを聴きたいところ。そういった、この5月の爽やかな気候にぴったりな彼女の新作を期待しながら、今はこのアルバムを楽しみことと致しましょう。
<チャートデータ> チャートインなし