新旧お宝アルバム!#36「Ego Death」The Internet (2015)

2016.3.28

新旧お宝アルバム #36

Ego DeathThe Internet (Odd Future / Columbia, 2015)

この週末は一気に暖かくなって、あちこちで桜の花も三分咲きぐらいには開いてきてまったりと過ごされた方も多かったのでは。いよいよ今週末あたりは桜もかなり咲いて花見気分満点の週末になりそうですね。こうなってくるとやはり良い音楽を聴きながら美味しいおつまみとお酒を楽しみたいもの。素晴らしい春の洋楽ライフをお過ごし下さい。

さて、今週の「新旧お宝アルバム!」は「新」のアルバム紹介です。今週は、21世紀のR&Bシーンを担う重要勢力、オッド・フューチャー軍団の中心メンバー、シド・ザ・キッドシドニー・ベネット)とマット・マーシャンズマシュー・マーティン)を中心とする新世代のR&Bグループ、ジ・インターネットの3枚目のアルバム『Ego Death』を取り上げます。

Ego Death (Front)

皆さんはオッド・フューチャーというR&B/ヒップホップ・アーティストのグループについてお聴きになったことがあるでしょうか。

2007年頃からカリフォルニアはLAのラデラ・ハイツという、比較的所得レベルは高めながら(あのヴァネッサ・ウィリアムスやボクサーのケン・ノートンが住んでいる)人口の7割はブラックという、ちょっとユニークな地域出身のプロデューサー兼ラッパーのタイラー・ザ・クリエイタータイラー・グレゴリー・オコンマ)やマット・マーシャンズ、女性サウンドメイカーのシド・ザ・キッドらが中心になって集まった、ややゆるめのR&B/ヒップホップ・アーティスト集団が「オッド・フューチャー」。

オッド・フューチャー立ち上げ以来、そこに所属するアーティスト達は、個々の作品発表だけでなく、お互いの作品に参加し合って他のメンバーの作品のサポートをするなどの活動を行って、オッド・フューチャーというグループの存在感をシーンでじわじわと高めてきました。

Channel Orange

その流れとオッド・フューチャーの存在感がメインストリームに一気にブレイクしたのが、クールな音像とアンバランスなカニエちっくなヒップホップ・センスが奇妙な魅力を醸し出している、オッド・フューチャーのメンバー、フランク・オーシャンが2013年のグラミー賞で最優秀新人賞、最優秀アルバム(『Channel Orange』)、レコード・オブ・ジ・イヤー(「Thinkin About You」)など6部門にノミネート、アルバム『Channel Orange』が最優秀アーバン・コンテンポラリー・アルバムを受賞したこと。これでオッド・フューチャーの名前はメインストリームに認知されることになり、主宰者とでもいうべきタイラー・ザ・クリエイターのアルバム『Wolf』(2013年全米最高位3位)、『Cherry Bomb』(2015年同4位)のメインチャートでの成功にも繋がって、そういう状況の中で昨年6月にドロップされたのが、このジ・インターネットの『Ego Death』。

オッド・フューチャーのもう一方の中心人物であるシド・ザ・キッドの自宅のアパートにあるスタジオで3週間で録音されたというこのアルバム、ひと言で表現すると、R&B的なサウンドがお好きな方であれば間違いなく気にいって頂けるであろう、無茶苦茶気持ちのいいグルーヴ満載の、一級品ソウル・ジャズ・ファンク・ヒップホップ作品に仕上がっています。

いつものように一曲ずつ取り上げて説明するのがあまり意味をなさない、と思えてしまうほどこのアルバムの楽曲群は、ソウル・ジャズ・ファンク・ヒップホップが絶妙にブレンドされたグルーヴ、という一本の太い幹に貫かれています。そこにはメンフィス・ソウルを出自とした、90年代以降のオーガニック・ソウルにつながるねっちりとしたエモーショナルなソウル感覚も強く感じられますし、スライ・ストーンプリンス以来のいわゆる密室ファンク的などろりとしたそれでいてとても乾いた感覚のファンクネスもあり、ストリート的やギャングスタ系ではなくよりジャズやソウルに近いグルーヴのJ.ディラDJプレミア、はたまたア・トライブ・コールド・クエストといったあたりの浮遊感満点のヒップホップグルーヴも内在していて、といったある意味70年代以降のブラック・ミュージックの集大成のような作品がこの『Ego Death』。で、聴いていると一級品のジャズのレコードに通じるようなクールネスとグルーヴも感じるのです。こんなR&Bアルバム、最近ではあまりなかったと思います。

そしてもう一つこのグループの重要な点は、こうした一級品のグルーヴの楽曲を、打ち込みとかではなく、基本メンバーが楽器演奏でプレイしているという点。バンド演奏にこだわるヒップホップのザ・ルーツなどと同様、バンドとしての表現にこだわっているという意味で、このジ・インターネットというグループはシーンでもユニークな位置を占めていると思いますし、注目に値すると思います。

Ego Death (Back)

このアルバム、全く捨て曲というものがないのですが、敢えて曲を選ぶとすると、あのロックグループ、ファンとの共演でブレイクしたジャネル・モネイがフィーチャーされ、クールなグルーヴがいい「Gabby」、Cドリーミーなボーカルとタイトなリズムが催眠効果のある「Under Control」、あのジャスティン・ティンバーレイクの『20/20 Experience』の全曲を共作、先頃のグラミーを席巻したケンドリック・ラマーの『Pimp The Butterfly』でも重要曲に参加していたR&Bシンガー、ジェイムス・フォーントルロイをフィーチャーした、クールなヒップホップ感覚満載のカッコいいナンバー「For The World」、これも催眠効果のあるベースとボーカルがひたすら気持ちのいいグルーヴを生み出している「Girl」、そしてCDには入っておらず、アナログ盤のみに収録されている、すべてのライヴが終わった後のガランとしたライヴハウスでボーカルと2〜3人のバンドメンバーだけが静かに演奏している、といった風情がとてもヴィヴィッドな音像を結んでくれるしっとりとしたR&Bバラードのラスト・ナンバー「Missing You」などは特に印象に残る楽曲。

[youtube]https://youtu.be/zmY8mG4_3j4[/youtube]

このアルバムは、シーンでも高く評価され、音楽誌の評価も高かったこともあり、先頃の第58回グラミー賞では最優秀アーバン・コンテンポラリー・アルバム部門にノミネートされましたが、惜しくもザ・ウィークンドの『Beauty Behind The Madness』に受賞を譲っています。受賞は逃しましたが、ある音楽誌が曰く「このアルバムは、昔からの音楽をパクったりすることなしに、聴いている者に過去の素晴らしい音楽経験を呼び起こしてくれる」。正に聴き込むほどに昔から聴いてきた素晴らしい音楽(特にR&Bやソウル、ヒップホップなど)についてのデジャヴ(既視感)を強く呼び起こしてくれる、そんなアルバム。是非ソウル好き、ヒップホップ好き、そしてジャズファンの方にも是非聴いて頂きたい、そんな作品、是非今週末のお花見パーティのお供にいかがでしょうか。

<チャートデータ>

ビルボード誌全米アルバム・チャート 最高位 89位(2015.7.18付)

同全米R&B/ヒップホップ・アルバム・チャート 最高位9位(2015.7.18付)