2016.2.8
新旧お宝アルバム #31
『Give It Up』Bonnie Raitt (Warner Bros., 1972)
いよいよ第58回グラミー賞の発表が約一週間後に迫って来ましたが、皆さん、主要部門の予想などされてますか?私の方ではここ10年ほど毎年グラミー賞主要部門および主要ジャンル部門の予想をブログにアップしていますので、ご興味のある方はぜひ一度覗いてみて下さい(http://boonzzy.blog.fc2.com/)。現在も予想アップ中です。
さて今週の「新旧お宝アルバム!」は「旧」のアルバムを取り上げる順番。今回はそのグラミー賞でも過去『ラック・オブ・ザ・ドロー(Luck Of The Draw)』(1991)や『心の絆(Longing In Their Hearts)』(1994)で数々の受賞を遂げ、2000年にはロックの殿堂入りも果たしている、女性ロック・ギタリストの先駆者的存在、ボニー・レイットがまだ22歳の頃にリリースしたセカンド・アルバム、『Give It Up』をご紹介します。
MTV時代以降の洋楽ファンの方々に取って、ボニー・レイットはどのような印象でしょうか。上記の通り、90年代前半に2枚のアルバムで10個のグラミーを獲得、「Something To Talk About」(1991年最高位5位)「I Can’t Make You Love Me」(同18位)「Love Sneakin’ Up On You」(1994年最高位19位)といったどちらかといえばムーディ、悪くいうと地味な印象のヒット曲を出していた頃のボニーは、何となくAORロック・シンガー、というイメージが強かったのでは、と思います。
でもボニーは1980年代までに、女性で初めてスライド・ギターを駆使しながらブルース・ロックを演奏して成功したロック・ミュージシャンという大きな実績を持った、実はUSロック史上重要なアーティストという評価を得ていたのです。米ローリング・ストーン誌が選ぶ「歴代ベストギタリスト100」のランキングでは、女性としては75位のジョニ・ミッチェルに次いで89位で堂々2位、エレクトリック・ギターを主に弾く女性ギタリストとしては唯一ランキングされていることがこの評価を雄弁に物語っています。彼女に影響されたと思われる女性ギタリストには、シェリル・クロウや間もなく3度めの来日予定のテデスキ・トラックス・バンドのスーザン・テデスキなど極めてミュージシャンシップのレベルの高いアーティスト達がいます。
しかしボニーの音楽性の高さは、単なるブルース・ギタリスト兼シンガーという域に留まらず、R&B、ポップ、ジャズ、スワンプ・ロックそしてメイン分野のブルースといった幅広いジャンルを有機的に吸収した上で生み出された楽曲の作者として、また卓越したロック・シンガーとしてのボニーのパフォーマンスを聴けば、彼女が限られたジャンルに留まっていたアーティストではないことは明らか。その幅広さ、versatility(多才さ)は、僅か22歳の時にリリースされたこのセカンド・アルバムを聴くと如実に判ります。
彼女の音楽性の多彩さは冒頭の「Give It Up Or Let Me Go」からいきなり発揮されます。彼女お得意のボトルネット・スライド・ギターで始まるこのブルース・ナンバーは何と彼女の自作曲。しかもただのブルースではなく、後半にはウキウキするようなニューオーリンズのセカンド・ライン(ニューオーリンズの葬式では先頭行列は故人の死を悼む遺族が並び、2番めの行列には楽しく故人を送るためのブラス・バンドが練り歩くことから、ニューオーリンズ風のブラス・バンド・ミュージックのことを指す)に突入するなどまるでベテラン・スワンプ・ロック・ミュージシャンのアルバムのオープニングのよう。2曲目「Nothing Seems To Matter」も自作ですが、こちらはアコギの弾き語りでバックにはテナー・サックスを配して、ぐっと気持ちのこもったボニーの歌が聴ける、ジェイムス・テイラーなどのシンガーソングライターの作品を彷彿させる楽曲。続く「I Know」は、ルイジアナ出身のR&Bシンガー、バーバラ・ジョージ作のディープ・サウスの雰囲気たっぷりのR&B作品を、ボニーがこれもルイジアナ・テイストの演奏をバックにソウルフルに歌います。
彼女のシンガーとしてのスキルの高さは次のバラード「If You Gotta Make A Fool Of Somebody」で存分に発揮されていて、音域の幅広い難しい楽曲を上手に情感を乗せて歌いきっています。うーんその辺の女性シンガーソングライターよりもよっぽど歌うまいじゃん、タダの女性ギタリストではないな、と思わせてくれます。アコギのボトルネックをブリブリ言わせるブルース・ナンバー「Love Me Like A Man」、またまた70年代シンガーソングライター然としたアコギの弾き語り曲「Too Long At The Fair」と続いた後、このアルバムのハイライトの一つ、ジャクソン・ブラウンの「Under The Falling Sky」。オリジナルはジャクソンのファースト・アルバム (1972)に収録されていたオルガン、タムドラムとアコギをバックに歌われるアップテンポの曲ですが、ボニーはこれを見事に華やかなアレンジのブルース・ロック・ナンバーにアレンジ、原曲と全く表情の異なる、そしてボニーの意匠がバーンと刷り込まれた楽曲に仕上げています。この辺りはジャズ畑出身でアレンジ力もおそらく高いプロデューサーのマイケル・カスクーナの貢献もかなり大きいのでしょう。
アルバム後半はこれもルイジアナ・テイスト満点、ドクター・ジョンあたりが登場しそうなラグタイム・ピアノとクラリネットをバックにシャッフル調ながらボニーの若々しい歌声で古臭さが全くない「You Got To Know How」、またまたボニー自作でボニーの高音域のボーカルが素晴らしいブルース・ロック・ジャム的な「You Told Me Baby」と続き、アルバム最後はリンダ・ロンシュタットが翌年のアルバム『ドント・クライ・ナウ(Don’t Cry Now)』(1973)で取り上げてポピュラーにした、エリック・カズとリビー・タイタス(ドナルド・フェイゲン夫人)作の「Love Has No Pride」で幕を閉じます。ここでのボニーの伸びのあるボーカルも素晴らしいの一言。決してリンダの名唱に引けを取っていません。
デビューからアルバム2枚目、しかも22歳の若さでこのように成熟した歌唱と達者なギター・ワーク(特にアコギのボトルネック・ギターワーク)で、本職のブルースだけではなく、ロック、ジャズ、R&B、ニューオーリンズのセカンド・ラインやラグタイムまで様々なジャンルの要素を、渾然一体と一つにまとめ上げたこのアルバム。特に注意しなければ耳馴染みもいいのですーっと聴けてしまいますが、よく考えると極めてミュージシャンシップの高い作品なのです。是非若々しい頃のボニーの歌声と周到にアレンジされた楽曲と素晴らしい本人とバックの演奏で作りこまれているこのアルバムで、彼女の当時の勢いを感じてみて下さい。
<チャートデータ>
ビルボード誌全米アルバム・チャート 最高位138位(1972.12.23付)
RIAA(全米レコード協会)認定ゴールド・ディスク(50万枚売上)