2019.6.17
新旧お宝アルバム #148
『Be The Cowboy』Mitski (Dead Oceans, 2018)
短い梅雨っぽい時期もどうやらそろそろ終わりになって、昨日くらいからまた暑いいい天気が戻ってきた感じがありますね。早くこいこい夏よ来い。
今週の「新旧お宝アルバム!」は最近の新譜から。ここのところ、ブルース・スプリングスティーンやマドンナの新譜が相次いでリリースされてベテラン組のミュージシャン達も頑張ってますが、ここは新しめのアーティストの新譜ということで。とは言ってもリリース自体は昨年の8月ですからしばらく前ではありますが、この夏フジロック・フェスティヴァルにもやってくる、日米ハーフの女性オルタナティヴ・シンガーソングライター、ミツキのもう5枚目になるアルバム『Be The Cowboy』(2018)をご紹介します。
ミツキは米国務省に勤務していたアメリカ人の父と日本人の母を持つ、日本生まれニューヨーク育ちの今年29歳になる、女性シンガーソングライター。
ニューヨーク州立パーチェス・カレッジで音楽の勉強をしている頃、学校のプロジェクトとして、最初のアルバム『Lush』(2012)と2枚目『Retired From Sad, New Career In Business』(2013)を自らのピアノ弾き語りベースでダウンロードオンリーで作成。大学卒業後、ミュージシャンとしてのキャリアを求めて3枚目のアルバム『Bury Me At Makeout Creek』(2014)をリリース。この作品から彼女のスタイルはそれまでのピアノ中心から、いわゆるオルタナティヴ・ロック的なギターを中心としたスタイルに変化したと言いますから、この頃に今に続くミツキの楽曲スタイルがある程度固まってきたようです。
そのミツキが音楽シーンで注目される存在となったのは前作、4作目となるアルバム『Puberty 2』(2016)のリリースと、90年代のシューゲイザーやエモ・ロックへのオマージュ的サウンドと自らのバイカルチュラルな出自からわき出る感情を表現したように思えるシングル「Your Best American Girl」がシーンで大きな話題と評価を得たこと。『思春期その2』と題されたこのアルバムは初めてロック関係のチャートに顔を出し、ピッチフォーク、ペイスト、ローリング・ストーンといった音楽各誌の2016年のベストアルバムランキングの上位に選出され、ミツキの名前を多くの音楽ファンに知らしめることになったのです。
彼女の「Your Best American Girl」のPVを初めて見た時のエモーションの湧出をものすごく感じたのははっきり覚えています。米人男性との素敵な状況が突然ガラスが割れるかのように崩れ去り、ニコを思わせるようなミツキの静かな歌声がファジーなギターストロークをバックにした叫びのような歌声に変貌していく様子をイメージ化したこのPV、ミツキというアーティストの一つの側面を理解し、彼女の作品にリスナーを引きつけるのにうってつけのプレゼンテーションだったと思いますね。
これをきっかけに2016年12月、2017年11月そして今年の2月とほぼ毎年来日を果たして着実に日本でのファンも増やす一方、2017年秋から1年以上に及ぶロードの「Melodrama」ワールドツアーの北米でのオープニング・アクトを務めるなど、USでもリスナー・ベースを着実に広げているミツキが、昨年8月にドロップしたのがこの新譜『Be The Cowboy』です。
大きな評価を得た前作でも聴かれた、ミツキのニコを思わせるような、何かが取り憑いたような、それでいて聴く者の感情をある時は掻き立て、またある時は落ち着かせてくれる、独特のボーカルスタイルは健在。そしてギター・ロック的だったり、エレクトロ・ポップ的だったり、60年代ポップ風だったり、後期ビートルズ風だったり、ゴスペル風だったりと様々な音楽スタイルを自由自在に操りながら、ミツキならではのエモーションを感じさせるメッセージや情景描写の歌詞を持つ楽曲群が今回のアルバムを前作以上の素晴らしいものにしていますし、ミツキの存在が楽曲を通して大きく迫ってくる、そんな感じがします。彼女の楽曲スタイルは、たとえばそのオルタナで多彩な音楽性や、感情を複雑に表現した歌詞で、セント・ヴィンセントやラナ・デル・レイといった同時代のアーティスト達に似ているのですが、彼女の場合、この作品でこの2人以上にミツキならではのスタイルを確立しているように思います。
そして今回のアルバムの特徴的なのは、ほとんどの曲が3分以下と短く、次から次に送り出されてくるミツキの楽曲が万華鏡のようにリスナーの耳を包んでくれること。
荘厳な教会音楽のようなオルガンをバックに「あなたは私のナンバーワン….」と訴えるようなミツキのボーカルとのっけから壮大なメロディとカタルシスを届けてくれるオープニングの「Geyser」を聴いただけで、今回のアルバムの内容に期待が膨らむというもの。ニュー・オーダーっぽい80年代エレクトロ・ポップとギターサウンドにポップなメロディが乗っている「Why Didn’t You Stop Me」は自ら終止符を打った関係なのに、相手に「何で止めてくれなかったの?」と迫るアンビヴァレントな感情を歌っていたり、初期のスマッシング・パンプキンスを思わせるオルタナ・ギター・ロックな「A Pearl」では二人の関係が倦怠に陥っているのは自分が「戦争」に恋していて、それが残してくれた真珠を手の中で転がしてるから、と意味深なメタファーを提示します。
60年代カントリーポップっぽい「Lonesome Love」は相手に愛で優位に立とうとする彼女が敢えなく愛の虜になってしまう、という歌ですし、後期のビートルズのアルバムに登場しそうなちょっとノスタルジックな曲調の「Me And My Husband」では夫と私は完璧にうまく行ってるといいながら、あたかも息絶える直前であるかのような歌詞が不思議なシメトリーを醸し出しています。
70年代ディスコっぽいメロー・ポップな「Nobody」もまたまた孤独さをテーマにしながらも、自分に必要なのは哀れみなんかじゃなくて、あなたがそばにいて心からのキスをしてくれること、とストレートな感情を吐露した曲です。
静謐なピアノをバックに夢見るようなボーカルを聴かせる「A Horse Named Cold Air」などは、ミツキ自身がこのアルバムを作る時にイメージしたという「真っ暗な舞台で自分だけがピンスポットを受けて歌っているミツキの姿」をビジュアライズするかのような曲で、ある意味このアルバムの象徴的な楽曲なのかもしれません。
そしてアルバムラストの「Two Slow Dancers」。エレピのコードプレイとシンセのたゆとうようなサウンドをバックに歌われるこの美しいスローバラードは、昔若い頃よくダンスした体育館の匂いを思い出しながら、もっと若ければいろいろ簡単なのに、と昔を懐かしむ歌のようにきこえるのですが「私達は2人のスローダンサーだけど、1人で残されてる」というあたりからミツキ独特の世界に。「重力がゆっくり私達を引っ張り下げていて、それはお互いの肌を見ればわかる」という歌詞で、この歌が単に懐古的感情ではなく、人の老いとか更には人生の終末を見つめる感情を歌っていることがわかります。
そうしたちょっと重いテーマを美しく、さりげなく歌いきってしまうミツキ。
音楽シーンは昨年からちょっと「カウボーイ」がキーワードになってきている気がします。昨年のグラミー賞最優秀アルバムを取ったケイシー・マスグレイヴの『Golden Hour』はカウボーイをはじめとしたヒーロー達をパートナーのメタファーに使ってましたし、今年に入って既に10週連続Hot 100の首位を走っているリル・ナズ・Xの「Old Town Road」は黒人ラッパーのリル・ナズ・Xがカウボーイの格好でラップしたのがネットで大いにバズったのが大ヒットの大きな要因でした。
ミツキのいう「カウボーイになれ」というのは自分に対するメッセージなのか、リスナーへのメッセージなのかは不明ですが、カウボーイが単なるマッチョイメージのシンボルではなく、独立した、他の助けを必要としない自分自身を持ったキャラクターだとすると、彼女が自分自身に対して更に一段上のレベルを目指していくための自己発揚なのかもしれませんし、彼女自身がインタビュー等で以前吐露しているように、自分の出自に関し「自分が何人かって葛藤することはもうやめた」という思いを更に昇華するためのタイトルなのかも。
そういうミツキ自身の強いヴァイブもこのアルバムを魅力溢れるものにしていると思いますし、その証拠にこのアルバム、2018年のピッチフォーク誌の年間アルバムランキングで堂々1位に輝くなど、再び業界各誌の高い評価を受けています。
その『Be The Cowboy』を引っさげて、ミツキはこの夏フジロック・フェスティヴァルにやってきます。去年から続く新作ツアーの一貫として日本では2月の来日公演に続く2回目のライヴ、自分もフジロックには今年も参戦しますので今からミツキのステージが楽しみ。
彼女はその後も8月シカゴのロラパルーザを始め、この夏欧米の各種フェスに出演した後、9月7日と8日のニューヨークはセントラル・パークで開催される夏の音楽フェス、SummerStageへの出演を最後にしばらく音楽活動を休止することを先頃宣言しています。前作そして今作で大きく羽ばたいたミツキには9月以降の休養を前に、フジロックでは大いに充実したパフォーマンスを見せてくれることを期待して、我々はこのアルバムでミツキの世界を楽しみましょう。
<チャートデータ>
ビルボード誌全米アルバムチャート 最高位52位(2018.9.1付)
同全米ロック・アルバムチャート 最高位7位(2018.9.1付)
同全米オルタナティヴ・アルバムチャート 最高位6位(2018.9.1付)