2017.4.10
新旧お宝アルバム #82
『Loose』Victoria Williams (Mammoth / Atlantic, 1994)
先週一週間は、雨の予想とかもあったにも関わらず終始天候も崩れそうで崩れずに暖かい日が続いて、そのおかげで週の後半は一気に桜が満開になった、心が満たされる気持ちのいい週でしたね。週末からまたゆっくり天気が崩れてきていますが、一日でもこの素晴らしい桜が楽しめるよう願う毎日、そんな中で欠かせないのは気持ちのいい音楽。皆さんも花見のかたわらいろんな音楽でこの桜を楽しまれたことと思います。
さて今週は久しぶりに90年代の作品を取り上げます。商業的にはなかなか成功することがないのですが、常に個性的でチャーミングで、それでいてインスパイアリングな楽曲を一貫して届け続けてきている、他にあまり似たタイプを見ない女性シンガーソングライター、ヴィクトリア・ウィリアムスのキャリアの一つのマイルストーンとなったアルバム『Loose』(1994)をご紹介します。
ヴィクトリア・ウィリアムス、といっても日本の洋楽リスナーの方で彼女の名前をご存知なのは、音楽評論家の方以外ではかなり熱心なここ30年くらいのアメリカのフォーク・ロック/アメリカーナ系ロックのフォロワーの方くらいでしょう。残念ながらこれまでリリースされている彼女の7枚のソロアルバムは、本作を含めてどれもチャートインするほどの売上は記録していませんし、FMなどで頻繁にエアプレイされるタイプの音楽でもないので無理もありません。
でも、ヴィクトリアはアメリカのロック・シーンではミュージシャンの間からのリスペクトを受け続けるミュージシャンの一人で、今回紹介する『Loose』に収録されている作品群の幅広いスタイルに亘る音楽性、決して巧くはないが個性的でチャーミングなボーカルスタイル、そして自然やスピリチュアルなテーマや人への愛、といったことをテーマにする楽曲はそうしたリスペクトを集めるに充分なものであることが分かります。
実はこのアルバム発表の一年前、ヴィクトリアは多発性硬化症という難病の宣告を受けていました。この病気は脳や脊髄、視神経などに激痛、視野異常、神経麻痺、筋力低下などの症状が繰り返し出ては収まるのを繰り返すというもので、ギタリストでありシンガーであるヴィクトリアにとっては極めて深刻な病気でした。加えてミュージシャンであったため治療費用を賄う保険等も持っていなかったヴィクトリアの治療をサポートするために立ち上がったのは他あろう彼女をリスペクトするミュージシャン仲間達だったのです。
ソウル・アサイラムのデイヴ・パーナー、パール・ジャム、ルシンダ・ウィリアムス、ルー・リード、マシュー・スイートといった90年代のオルタナ・ロック・シーンを代表するそうそうたるミュージシャン達に、当時ヴィクトリアと結婚したばかりのマーク・オルソン率いるザ・ジェイホークスが加わり急遽リリースされたのが全曲ヴィクトリア作品のカバー・アルバム『Sweet Relief: A Benefit For Victoria Williams』(1993)。
このアルバムは幸いチャートインもし、そこそこの評判を呼んだこともあってヴィクトリアに対する関心も当時高まったのでしょう、自身の症状とも折り合いを付けながら、頑張ってスタジオ入りしてヴィクトリアが翌年の1994年にリリースしたのがこの『Loose』でした。
彼女の揺らぐようなハイトーンのボーカルとアコースティックなバンド演奏で、百歳を超えるという古いサボテンの木にまだ遅くないから花を咲かせてよ、と呼びかける「Century Plant」で始まるこのアルバム、タワー・オブ・パワーのレイドバックなホーンセクションをバックにゴスペル的な内容を歌う「You R Loved」、ピアノとバイオリンだけをバックに友人の死を明るく悼む小品「Harry Went To Heaven」、そして『Sweet Relief』収録曲中唯一当時まだヴィクトリアが録音しておらず、パール・ジャムがカバーしたことでおそらく彼女の最も有名な曲となったオルタナ・ロック色の強い「Crazy Mary」などなど、このアルバムを構成する16曲(うち2曲はカバー、1曲はソウル・アサイラムのデイヴとの共作でもう1曲はバンドメンバーの作品)はいずれもちょっと聴くだけでヴィクトリアというとてもユニークな才能とスタイルを持ったアーティストが目の前に現れて、優雅にパフォーマンスをしてくれているのが目に見えるようなのです。
[youtube]https://youtu.be/kb6OiQdDq7g[/youtube]
実は自分はおそらく前述のチャリティアルバムが出る直前くらいの1993年に、ニューヨークのヴィレッジにあったライヴハウス、ボトム・ライン(2004年に廃業)で彼女のライヴを見ています。確か3人くらいのバンドをバックに、椅子に座ってストラトやアコギを掻き鳴らしながら「病気のせいで時々ミスピッキングとかするけど許してね」と言いながら、ステージにパッと清楚な花が咲いたかのようなイメージを放ちつつ、とても心温まるステージをしてくれたことを覚えています。その時多分このアルバムに収録されている作品もいくつかやってくれたに相違ありません。改めて今この『Loose』を聴くと、その時の彼女のステージが蘇ってくるようなので。
上記の曲の他にも、ピアノをバックにしたヴィクトリアのガーリッシュなボーカルがキュートなルイ・アームストロングでお馴染みの「What A Wonderful World」や、LAを中心に70年代初頭人気のあったロックバンド、スピリットの「Nature’s Way」(デイヴ・パーナーとのデュエット)などの曲をカバー曲に選ぶあたりも、ヴィクトリアの自然を慈しむキャラクターが表れてますし、叔父さんのジャックの愛犬パピーと自分の愛犬ベルの他界を悲しみながらも彼らを思い出しながら楽しく歌う「Happy To Have Know Pappy」や、友人への情熱的ではないけど確かで安心できる一体感を真摯なボーカルで歌う「My Ally」などなど、彼女の楽曲は聴いていて、そして歌詞を眺めていて思わずほっこりさせてくれるものが多いのです。
まさに冬を脱ぎ捨てて春に向かうこの時期にぴったりの感覚を味わわせてくれる、そんな素敵なアーティストであり、アルバムなのです。
件のチャリティ・アルバム同様、この作品のバックをつとめるメンバーもそうそうたるもの。何度も名前の出ているソウル・アサイラムのデイヴ・パーナーの他、ご主人のマーク・オルソンとそのバンドメイトである、ザ・ジェイホークスのゲイリー・ルイス、タワー・オブ・パワーのホーンセクション、スライ・ストーンの妹のローズ、R.E.M.のピーター・バックとマイク・ミルズ、そして何曲かのストリングス・アレンジメントは何とあのヴァン・ダイク・パークスが担当するなど、この時期のフォーク・ロック/アメリカーナ系の作品としてはとても豪華な布陣での制作になっており、高いミュージシャンシップのパフォーマンスが楽しめる作品にもなっています。
その後2006年のマークとの離婚も乗り越えて着実にアルバムを発表し続けていたヴィクトリアですが、2015年末に持病の発作が原因で肩と腰を負傷してしまって現在は治療専念中とのことですが、またしても保険が適用されないため、『Sweet Relief』の時に設立されたスイート・リリーフ・ミュージシャン基金が中心になって治療費の寄付を募っているとのこと。
彼女の一刻も早い完全復帰を祈りつつ、ヴィクトリア・ウィリアムスという、希有のスタイルと才能を持ったシンガーソングライターの、人と自然とスピリチュアルへの愛に溢れた作品を、暖かさを増す春に存分に楽しんで見ませんか?
<チャートデータ> チャートインなし