2016.11.28
新旧お宝アルバム #66
『Ology』Gallant (Mind Of A Genius / Warner Bros., 2016)
サンクスギヴィング・ホリデーも終わり、世界的にいよいよクリスマスホリデーシーズンへと入っていく今週ですが、先月も最後になってリオン・ラッセルとレナード・コーエンという、ある意味60年代後半から70年代にかけての英米の音楽シーンで活躍し、その後80年代以降今日に至るまでの若いアーティスト達に大きな影響を与え続けた二大巨星が逝ってしまうという、ボウイーの衝撃的な他界に始まった2016年を象徴する月となってしまいました。今年もあと一ヶ月。これ以上年末までは残念な知らせが増えないように願いたいものです。
ということで年末に向かう今日この頃、そろそろ自分の年間トップ20アルバムなども選ばなければなりませんが、その中で確実に上位に入ってきそうなのが、今週の「新旧お宝アルバム!」でご紹介する素晴らしいR&Bシンガーのアルバム。その歌唱力があのマックスウェルと並び称される、アメリカはワシントンDC生まれのギャラントことクリストファー・ギャラントのデビュー・アルバム、『Ology』です。
2010年代に入ってからのR&Bシーンは、これまでの正統派R&B(またはいわゆる「オーガニック・ソウル」)やヒップ・ホップ・ソウル、エレクトロニック・ソウル等々のサブジャンルに加えて、いくつかの新しいスタイルのR&B楽曲、シンガーの登場で更にその多様化を進めてきています。その中の最も顕著な新しいスタイルは、フランク・オーシャンやジ・インターネットといったアーティストに代表されるいわゆる「オッド・フューチャー」軍団にゆるーく所属するアーティストたちによる、残響音や幻想的な音響サウンドを多用する、ある曲では幻想的に、ある曲では耽美的に、そしてある曲ではドリーミーな楽曲を展開するスタイルです。昨年や一昨年話題を集めたJ.コールやミゲルといったアーティストたちの作風も(ややヒップホップ寄りではありますが)このスタイルにかなり近いものがありますし、今年のフランク・オーシャンの新作『Blonde』、チャンス・ザ・ラッパーの『Coloring Book』、そして先頃来日も果たし、以前にこのコラムでも取り上げたアンダーソン・パークの2枚のアルバムなどもまさしくこのスタイルをベースとした作風で、いずれも2016年の注目作となっています。
このスタイルが、まるで新しいR&Bのスペーシャスな空気を作り出しているように感じられることから、自分は勝手に「アトモスフェリック・ソウル(atmospheric soul、大気のようなソウルの意)」と呼んでいますが、このスタイルのある意味正統派の決定版として登場したのが今日ご紹介するギャラントの『Ology』です。
ギャラントの歌唱スタイルは、ある意味60年代から脈々と続く正統派R&B・ソウル・シンガーのあるスタイルを愚直に踏襲しています。それはファルセット・ヴォイス。古くからスモーキー・ロビンソン、エディ・ケンドリックス(元テンプテーションズ)、ラッセル・トンプキンスJr.(スタイリスティックス)そして最近では惜しくも今年他界してしまったプリンスに至るまで、ファルセット・ヴォイスはR&Bの伝統的な歌唱スタイルの一つ。このアルバムでのギャラントは、アトモスフェリックなサウンドをバックに、その歌唱スタイルを技巧的にも情感的にも存在感たっぷりに駆使して、自作の素晴らしい楽曲の数々を更に素晴らしい出来映えにしています。
映画のオープニングのようにドラマティックなSEで始まる「First」に続く「Talking To Myself」はいきなりこのファルセットが炸裂、スペーシャスなサウンドをバックに早くも感動を演出。「Shotgun」では珍しく基本地声でのボーカルを披露した後、「Bourbon」ではイントロから教会音楽的な遠くから聞こえるコーラスと電子音SEに続いて、80年代のR&Bクラシック、エムトゥーメイの「Juicy Fruits」のシンセベース・リズムトラックを基調にしたフランク・オーシャン的なトラックに乗って、ギャラントのまさにプリンスなどの卓越したボーカリストを彷彿させる歌唱が楽曲の幻想的な盛り上がりを演出。続く「Bone + Tissue」も同じスタイルのトラックですが、こちらはトラックの作りはかなり音数少なく構成されていて、幻想的サウンドとサビでのギャラントのファルセット・ヴォイスが際立つ作り。
[youtube]https://youtu.be/qh7BCluk3wc[/youtube]
何重にも重ねられた重厚な女性コーラスをフィーチャーした短い「Oh, Universe」に続くのは、間違いなくこのアルバムのハイライトであり、シングルの「Weight In Gold」。90年代のソロ(テディ・ライリーがプロデュースしたR&Bグループ)のアルバムを思い出させるような、ストリート・ドゥーワップ・コーラスを電子的に再現したらこんな音になるのでは、と思わせる近未来的な感覚と50年代60年代の古いR&Bを思わせるような不思議なイントロから、ギャラントのファルセットが歌い奏でる楽曲は、明らかに構成的にはトラディショナルR&Bの歌曲。それでいて特にサビの部分で一気に宇宙にも届くかのようなカタルシスを与えてくれる素晴らしさ。イギリスの新聞『ザ・ガーディアンス』が評して「これが未来のR&Bのかたちなのであれば未来は限りなく明るい」と書いたのも素直にうなずけるというものです。
[youtube]https://youtu.be/FbLFcSPL310[/youtube]
この「Weight In Gold」を境に、アルバムの楽曲の傾向は多様化に向かいます。このアルバムではかなりメインストリーム・ポップ的なメロディの「Episode」は曲調といい、バッキングのギターやコーラスの付け方といい、80年代のUKブルー・アイド・ソウル・グループ達の曲を彷彿とさせ、自分などは前回ここでご紹介したケイン・ギャングの曲を思い出しました。なぜか日本語の「Miyazaki」というタイトルのミディアム曲はまたちょっと幻想的な曲調に戻りますが、歌っている歌詞は90年代R&Bグループ、グルーヴ・セオリーの大ヒット曲「Tell Me」の歌詞をかなり大胆に本歌取りしたもの。スペーシャスなバラードの「Counting」はサビに聞こえてくるヘリウム・ヴォイス的な相の手が楽曲の幻想性を高めていますし、「Percogestic」での90年代UKのアシッド・ソウル的な味わいのトラックに乗って堂々と歌うギャラントの歌唱は、70年代初期の個性的R&Bシンガー、ビル・ウィザーズのイメージが被ります。「Jupiter」「Open Up」とまた幻想的でスペーシャスなナンバーの後、後半のハイライト、やはり最近活躍中の女性R&Bシンガー、ジェネイ・アイコとのデュエット曲「Skipping Stones」がひとつ違った雰囲気を醸し出しています。ここではそれまでのスペーシャスなサウンドは陰を潜め、スタンダードなR&B楽曲アレンジで、地声とファルセットを行ったり来たりするギャラントのボーカル・テクニックとジェネイ嬢とのボーカル・コラボをいかんなく堪能することができます。やっぱギャラントって歌うまいなあ、としみじみ感じます。
このアルバムに収録された曲は既に2015年くらいから、他のアーティストのツアーのオープニングで歌ったり、アメリカの有名音楽フェス、コーチェラの今年のイベントでも、90年代に「Crazy」(1990年最高位7位)やNo.1ヒットの「Kiss From A Rose」(1994)などのヒットでおなじみのシンガー、シールとデュエットで歌ったりと、様々な局面で歌われてきた曲ばかりなので、楽曲とパフォーマンスの完成度が高いのも当然。
特に「Weight In Gold」は、今年5月にアメリカNBCのジミー・ファロン司会『トゥナイト・ショー』で歌った際はその出来の素晴らしさに会場全員がスタンディング・オヴェーションしたというほど。
R&Bの未来の最もメインストリームなところをこれから突っ走るのではないか、と大いに期待できる大物シンガー、ギャラントの華々しくも実力満点のパフォーマンスにあふれたこのアルバム、是非CDショップ等で手に取って見て下さい。年末に向けてのあなたの愛聴盤となることうけあいですから。
<チャートデータ>
ビルボード誌全米R&B/ヒップホップ・アルバム・チャート 最高位39位(2016.4.23付)
同全米R&Bアルバム・チャート 最高位18位(2016.4.23付)