2017.9.18
新旧お宝アルバム #100
『American Teen』Khalid (Right Hand / RCA / Columbia, 2017)
この週末は日本列島をなめるように通過する台風18号でとんだ三連休になってしまっていますが、西日本の台風被害にあった皆様の無事と被害が少しでも少ないことを祈っています。この台風が去った後は名実ともに素晴らしい音楽を充分楽しめる、気持ちのよい秋が到来することを楽しみにすることにしましょう。
早いものでこのコラムをスタートしてから今週の「新旧お宝アルバム!」で節目の100回目を迎えました。個人的にFacebookで毎日一曲アップしている《Song Of The Day》の方も900曲目に近づいていて、来年早々にはこちらも1,000曲目に到達する見込み。これを機に来年早々には何らかの形で日頃聴く機会のない洋楽の素晴らしいレコードを広く聴いて頂けるようなイベントを構想中なので、乞うご期待。ということで記念すべき100回目の「新旧お宝アルバム!」は、彗星のようにシーンに登場、いきなり各方面からの高い評価を集めている、テキサス州エル・パソ在住の今年若干19歳のR&Bシンガーソングライター、カリードことカリード・ロビンソン君のデビュー・アルバム『American Teen』をご紹介します。
最初にカリードのデビュー・シングル「Location」(最高位16位)がヒットチャートに登場した時は、そのレイドバックして成熟した歌唱スタイルや歌声からはとても彼がティーンエイジャーとは思えず驚いたのを覚えています。そしてその成熟した、表現力ありながら一歩引いたようなスタイルはこのシングルだけでなく、今回ご紹介するアルバム『American Teen』全体を通じて一貫していて、若干19歳でありながら、まるでキャリア充分なR&Bシンガーの作品であるかのような完成度を感じさせます。
彼自らペンを取って、ドレイクとの仕事で知られるナッシュヴィルベースのシック・センス(ジョッシュ・スクラッグス)など今の最先端のサウンドメイカー達と共作する楽曲群は、サウンド的には明らかに今メインストリームとなっているフランク・オーシャンやオッド・フューチャー系の音響系R&Bサウンドをベースとしてます。従って音数も控えめで、シンセトラックとリズム・マシーンを軸にしたシンプルなものですが、彼の独特の歌声と明らかにR&Bだけではなく、オルタナ・ロック系の影響も受けているであろう楽曲のメロディ構成などが、全体のアルバムの印象をかなりオーガニックなものにしているのが、最近の新進のR&Bアーティスト達とはひと味違うところ。
事実カリード自身も音楽的影響として、ケンドリック・ラマーやフランク・オーシャン、チャンス・ザ・ラッパーなどいかにも今時のブラック・ティーンエイジャーが好きそうなアーティスト達だけでなく、ジェームス・ブレイクやファーザー・ジョン・ミスティ(元オルタナ・フォーク・ロック・バンドのフリート・フォクシズのメンバー)、グリズリー・ベアといった音響派フォーク系のオルタナ・ロック・バンドを上げているのは興味深いですね。
冒頭のアルバム・タイトル・ナンバーで、シンセドラムのロールから入ってくるカリードのボーカルがその後のR&Bっぽくないポップなメロディーに乗せて、一気にリスナーを彼の世界に引っ張り込み、続く「Young, Dumb & Broke」ではストイックながら何故かぬくもりを感じるドラムビートの打ち込みをバックにしながら、ちょっとカリビアンというかレゲエっぽい雰囲気のグルーヴを醸し出すカリードの歌で「何だこいつ、面白いな」と思わせてくれます。
シングルヒットした「Location」はシック・センスが作ったビートに、当時17歳のカリードがフックのメロディを付けて「君のロケーションを送ってよ/今はメッセージのやりとりに集中しよう/僕には今は成功するための時間と場所が必要なんだ」と、スマホのGPS機能を題材にして男女関係のストーリーを作ったという歌詞をわずか30分ほどで書き上げたという、カリードの才能を感じさせる楽曲。そして先ほど感じたカリビアン/レゲエセンスは、次の「Another Sad Love Song」で全開となり、ドラムス以外はすべてデジタルの打ち込みなのに、コーラスの雰囲気といい、カリードの鼻声でレイドバックした歌といい、思わず体を揺らせながら踊り出したくなるような曲。
それ以降も、シンプルなエレクトリック・ギターの使い方がロック的ながらR&Bグルーヴの「Saved」、フランク・オーシャン直系のダウナー系入った音響派R&Bの世界全開の「Coaster」や「Cold Blooded」、そういう音を使いながらメインストリーム・ポップセンス溢れるアップビートなフックが楽しい「8TEEN」や「Hopeless」「Winter」などなど、アルバム全15曲、最後まで飽きることなくあっという間に聴けてしまいます。そして前述したとおり、カリードのティーンエイジャーとはとても思えない成熟して表現力の豊かなボーカルがこのアルバム全体を特別なものにしているのです。
最近シーンでの躍進著しいケラーニ、ティナシェ、ギャラント、XXXテンタシオンといった今の若いR&Bアーティスト世代の中でも、このカリードは独特の表現スタイルと存在感で、今後大きくなっていく可能性を大いに秘めたアーティストだと思います。このアルバムも既に全米R&Bアルバム・チャートで堂々1位をマーク、おそらく今年のグラミー賞でも、新人部門やR&B部門で多くにノミネートされるのではないかと思われますし、既に7月に開催されたMTVビデオ・ミュージック・アウォードでは新人賞を受賞。
これから年末にかけて彼の露出も多くなっていくと思いますし、そんな動向を見ながら、今はこれから秋深まる中、彼のこの素晴らしいデビュー作をパワープレイで楽しみたいところです。
<チャートデータ>
ビルボード誌全米アルバムチャート最高位4位(2017.9.2付)
同全米R&Bアルバムチャート最高位1位(2017.8.5-19 & 9.2-9付 5週1位)