2019.2.25
新旧お宝アルバム #138
『Someday Man』Paul Williams (Reprise / Warner Bros., 1970)
ようやく先週くらいから少しずつ暖かくなり始めた東京地方、後半には北海道の地震などもありヒヤリとしましたが、この週末は天気もよくほのかに暖かい陽気で、お出かけになった方も多いのでは。自宅の庭にある河津桜も今や満開で、これから3月に入って徐々に普通の桜のつぼみが膨らんでくる前触れのように近づいてくる春への気持ちも膨らんできてます。
さて今週の今「新旧お宝アルバム!」では、先週から一気に50年近く昔に戻り、60年代後半から70年代半ばにかけて活躍し、スリー・ドッグ・ナイトの「オールド・ファッションド・ラヴ・ソング(An Old Fashioned Love Song)」やカーペンターズの「愛のプレリュード(We’ve Only Just Begun)」など数々の有名なヒット曲の作者として70年代のメインストリーム・ポップ・シーンを代表するシンガーソングライターとしてつとに有名なポール・ウィリアムスが、シンガーとして初めてリリースしたアルバム、『Someday Man』(1970)をご紹介します。
とにかく70年代ポップス好きの洋楽ファンの間では有名なポール・ウィリアムス。彼が作曲または共作した曲を数え上げるとそれだけで70年代洋楽ポップスヒットのグレイテスト・ヒッツ・コンピレーションが作れるくらい。特にカーペンターズに提供した曲が多く、前出の「愛のプレリュード」(1970年全米最高位2位)以外にも「雨の日と月曜日は(Rainy Days And Mondays)」(1971年同2位)「愛は夢の中に(I Won’t Last A Day Without You)」(1974年同11位)など、彼らを代表するヒット曲の多くを手がけています。
そしてこれらのカーペンターズの曲を、ポールの作詞に共作者として曲を付けていたのがロジャー・二コルス。ロジャー・ニコルスといえば彼もまた60年代後半から70年代にかけて数々の名曲を手がけたソングライターで、1990年代渋谷系のムーヴメントの中でパイドパイパー・ハウスの長門芳郎氏を中心とした方々による再評価を受けたCDの再発等により、若手の洋楽ファンの間でもその名前が近年かなり知られています。
その最強の二人が全曲共作し、ロジャー・ニコルスがプロデュースして作られたのが今日ご紹介するポール自ら歌う初ソロアルバム『Someday Man』。
そのアルバム全編を彩るのは、いかにもロジャー・ニコルス色満点の極めて洗練された楽曲とその楽曲を演奏するハル・ブレイン(ドラムス)、ジョー・オズボーン(ベース、昨年末惜しくも逝去)、ラリー・ネクテル(ピアノ、後にブレッドのメンバー)といった、60年代ヒットポップスの演奏を支えたことで有名なレッキング・クルーのメンバーを中心としたミュージシャン達の手堅くも表現力豊かなプレイ。アルバム全体が珠玉の輝きを放って聴く者の耳を楽しませてくれます。
昨年末その逝去を悼んで、山下達郎氏がわざわざ追悼番組を組んだジョー・オズボーンの聴いてすぐそれとわかる力強いベースリフで始まるA面1曲目のタイトル・ナンバー「Someday Man」が始まった瞬間に、この素晴らしいアンサンブル・チームのマジックが目の前に広がります。ニコルス/ウィリアムス作の最初の頃の作品で、もともとはあのモンキーズのために書かれたこの曲をセルフ・カバーしているポールのゆったりとした歌声が心地よく、途中ロジャーお得意の転調と転メロディでふわっと楽曲のレベルが上がるところも快感です。ポールの詞もレイドバックなこの曲のイメージ通り。
世の中には生き急ぐ人、文句ばかり言ってる人もいるけど
僕に取っては人生はホリデーのようなものでゆっくり楽しむもの
僕は生まれつき「そのうちどうにかなるさ」ってタイプの男
この曲もそうですが次の「So Many People」もその次の「She’s Too Good To Me」も、そこここに控えめながら効果的に配置されたストリングやホーンセクションが、洗練度の高いアレンジを実現していて、サビのコーラスの付け方なども往年のママス&パパスや、カーペンターズ初期の楽曲を彷彿させるロジャーのソングライティング・マジックの独壇場です。
ポールのセンスのいい詞もあちこちの曲で際立っていますが、ロジャーの紡ぐ60年代ティンパン・アレー風のトラックに乗ってこういう歌詞が歌われる「Mornin’ I’ll Be Movin’ On」などはポールの作詞センスの真骨頂を感じさせます。
僕は太陽が沈んだ後にいつまでも影を追いかけるようなタイプじゃない
再び僕は旅立つ
もう新しいものを握りしめ、明日からの自分の新しい道を決めたんだ
どうか理解してくれ、心の底では君も僕もよく似たもの
誰かに触れて、泣く代わりに笑わせることができる限りは
今日の涙は明日にとっておき、僕も努力しなければ
ここでもハル・ブレインのドラムスやジョー・オズボーンのベースが一見シンプルそうなメロディのバックで、極めて複雑なリズムやリフで演奏していて、楽曲にしっかりとした深みを与えているのが印象的。
その他にもビーチ・ボーイズのブライアン・ウィルソンの作風を思わせる室内楽的な完成度が素晴らしい「Trust」や、ここでもジョーの歌うベースが印象的で、「君の素敵さに気が付かないなんて思わないで/君のルックスも素晴らしい/でも君をがっかりさせなくてはいけない/なぜなら僕は君の思うところに我慢して従うようなタイプの男じゃないから/君の次の失恋ボーイフレンドになるのはごめんさ」なんていう洒落た歌詞がポール・ワールド炸裂の「To Put Up With You」など、聴き所には困らないこのアルバム。今時のエレクトロ・ポップっぽいアレンジの楽曲に比べるとややクラシックな感じは否めませんが、だからこそロジャーの織りなす繊細で洗練されたメロディーや楽曲構成、ポールのウィットとそこはかとない詩情に満ちた歌詞、そして確かなバックの演奏が、今聴くと実に新鮮に耳に、心に迫ってきます。
ポール・ウィリアムスといえばカーペンターズの曲以外にも、バーブラ・ストライザンドとクリス・クリストファーソン主演の1976年の映画『スター誕生』(そう、今日のアカデミー賞でレディ・ガガとブラッドリー・クーパー主演の作品賞候補になっている『アリー/スター誕生』のこの前のリメイクバージョンですね)の主題歌「スター誕生愛のテーマ(Evergreen)」(1977年全米最高位1位)や1979年の映画『Puppet Movie』の挿入歌で、あのセサミストリートのカーミットが歌う「Rainbow Connection」(1979年同25位)など、映画音楽のオリジナルソングの作詞でも有名。
その他にも2014年グラミー賞で最優秀アルバムを受賞したあのダフト・パンクの『Random Access Memories』にも「Touch」という曲で共作のみならず客演もしたり、その昔オランウータン役で出演した『猿の惑星』シリーズ以来の俳優業も継続しているようで、一昨年話題を読んだ映画『Baby Driver』にも武器商人役で出演、最近でも幅広い分野で活躍中のようです。
すぐそこまで足音が迫ってきている春をほのかに感じさせるような、そんな雰囲気を感じさせてくれるポール・ウィリアムスのこのアルバム、もう少し暖かくなって本チャンの桜が咲き始めたら、外に音源を持ち出して、春爛漫の陽気を楽しみながら聴くのに正にうってつけではないかと思います。是非お試しあれ。
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