新旧お宝アルバム!#110「Freudian」Daniel Caesar (2017)

2018.1.29

新旧お宝アルバム #110

FreudianDaniel Caesar (Golden Child Recordings, 2017)

新旧お宝アルバムのコラムの読者の皆さん明けましておめでとうございます。え?何で今頃って?実は年末仕事の激務でギリギリまで死ぬ思いだったのと、年明けからは去る1/17に新宿カブキ・ラウンジ吉岡正晴さんと「ソウル・サーチン・ラウンジ:第60回グラミー賞大予想」のイベントの準備とそのためのグラミー各賞の予想とブログアップで忙しかったので、その間この「新旧お宝アルバム!」は一ヶ月ほどお休みしていました。このコラムを楽しみにされておられる方々、どうもご心配おかけしました。

そのイベントも好評のうちに終わり、気が付けばあっという間に第60回グラミー賞授賞式の日程。このブログがアップされる頃は15年ぶりにLAからNYに会場を移した節目の第60回グラミー賞の各賞が正に発表されようとするところでしょう。

別途グラミー賞予想のブログでもつらつらとアップしましたが、今年のグラミーは主要部門にブルーノ、ジェイZ、ケンドリック・ラマーといった誰が取ってもおかしくない大物が三つ巴になっている他、チャイルディッシュ・ガンビーノの驚きの主要賞ノミネートや、エド・シーランの驚きの主要賞ノミネート漏れなど話題の多いイベント、数々のパフォーマンスも楽しみ。

そういった中、今年最初の、そして1ヶ月ぶりの「新旧お宝アルバム!」で取り上げるのは、そのグラミー賞の最優秀R&Bパフォーマンス部門、および最優秀R&Bアルバム部門に今回初ノミネートを果たしているカナダはオンタリオ州出身のR&Bシンガーソングライター、ダニエル・シーザーのとてもマチュアな雰囲気と今の最先端のR&Bサウンドを兼ね備えたデビュー・フル・アルバム『Freudian』(2017)です。

本名をアシュトン・シモンズというダニエルがシーンで注目されたのは2014年にストリーミングのみでリリースしたデビューEP『Praise Break』がローリング・ストーン誌の選ぶ「2014年ベストR&Bアルバム」の19位にランキングされたのがきっかけ。その次のEP『Pilgrim’s Paradise』(巡礼者の天国)のタイトルでも察せられるように、その生い立ちに宗教的な環境が大きく影響を与えているらしく、曲調も内省的で思索的な雰囲気が色濃く感じられる、そういうR&Bシンガー。

実際、このデビューフルアルバムを聴いて感じるのは、音像的にはシンセサイザーによるクールで浮遊感・荒涼感たっぷりのサウンドが軸となっていてゆったりと聴かせる、今風のR&Bサウンドである一方、随所にギターやピアノやハモンド・オルガンなどアコースティックな楽器も多く使われていて、最近の最先端のR&Bとは一線を画しているようにきこえること、更には楽曲のスタイルというか歌い方というかメロディ回しが非常にゴスペルの要素を感じさせて、教会あたりで歌われても違和感ないこと。美しいメロディと美しい音像、そしてある時は催眠的に迫ってくるダニエルのボーカルが1990年代のオーガニック・ソウルを彷彿とさせる魅力を醸し出していて、何度も何度もこのアルバムを聞き返させる要素になっています。

また、そうしたゴスペル的な要素のせいか、シンセを中心にした音像は最近の東京の寒波を思わせるようなクールで肌寒さを感じさせる一方、どこか遠くから吹いてくる風の中にツクシやフキノトウの香りを感じさせるような、そんなほんのりした暖かさも感じさせるのも、このアルバムを聴くたびにのめり込んで行く一つの理由かもしれません。

このアルバムにフィーチャーされている4人の女性シンガー達も印象的なパフォーマンスと同時に、それぞれが自分のフィーチャー曲をダニエルと共作していて、ダニエルの作品に独得の色と雰囲気を与えています。

グラミー賞最優秀R&Bパフォーマンス部門にもノミネートされた冒頭の「Get You」では、タイラー・ザ・クリエイターゴリラズなど、今最先端のメインストリーム・ヒップホップ・サウンドを作るアーティストとの客演で知られるコロンビア移民系のカリ・ウチス嬢が、いかにもフランク・オーシャン+マックスウェル的な浮遊感満点の楽曲で、まるでマーヴィン・ゲイタミー・テレルのような正統派R&Bデュエットを聴かせてくれます。ここでは「僕の欲しいものはすべて君の太ももの間にある」といった際どい表現もありますが、基本はお互いに求める愛をデュエットで表現している美しいナンバー。「Best Part」ではH.E.R.ことガブリエラ・ウィルソン嬢がアコギのつま弾きに乗りながら楽曲のボーカル展開を逆にリードして、インディア・アリーコリン・ベイリー・レイっぽいオーガニックなソウル・バラードで、とっても暖かいトーンの歌を聴かせてくれます。

https://youtu.be/uQFVqltOXRg

フランク・オーシャンを中心とするオッド・フューチャー派のグループ、ジ・インターネットのボーカルで、一昨年のフジロックにも来日したシド・ザ・キッドがフィーチャーされた「Take Me Away」はいかにもオッド・フューチャー的な浮遊感満点の肌寒い残響音を効果的に使ったサウンドの中でシドがだるーい感じの夢想的なボーカルを聴かせてくれる印象的なナンバーですし、トロント出身の白人シンガーソングライター、シャーロット・デイ・ウィルソンがフィーチャーされた「Transform」ではバックに幻想的なシンセ音を置いて、フロントではアコギやエレピといった70年代R&Bの意匠をふんだんに配しながら、白人にはあまり聞こえないさりげなくソウルフルなシャーロットのボーカルがダニエルのボーカルに絡んで来る、ドリーミーな感じの作品。

https://youtu.be/vBy7FaapGRo

しかしその中であくまでも全体のトーンを統一させながら、ゴスペル的雰囲気で愛や人生に対する思いを、ゆったりとしたリズムに乗せながら歌うという自らのスタイルを能弁に表現しているのは、ダニエルのボーカルであり、そうしたダニエルの立ち位置表明は、これらの曲以外の「We Find Love」「Blessed」といった、正にコンテンポラリー・ゴスペルとも言うべき楽曲に顕著なのです。

https://youtu.be/Eicw_dIi2dw

アルバムの最後を飾るタイトル・ナンバー「Freudian」というのは、夢による精神分析で名高いあのフロイトの説を支持するもの、という意味。ここでは例によって浮遊感満点のシンセを軸にした音像をバックに、自分が歌っているのも、自分が今生きているのもあなた(女性)がいて、アドバイスしてくれたからだ、と愛情の対象者である女性に対して感謝を表明する歌です。

曲の後半ではそれが急に母親への言葉となり「時間が僕を変えたんだ。ママ、僕は信仰心を失ってしまった」というフレーズで不安感を誘うピアノ音で一旦曲が終了。そこから1分半の無音の後、ハモンド・オルガンの重厚な音色をバックにダニエルが荘厳な感じのゆっくりとした歌声でこう歌います。その厭世的で破滅的に聞こえるメッセージは、愛をそして光を求める画故のダニエルの心からのメッセージかもしれません。

素敵じゃないか 人の命を犠牲にするのは

世界はその犠牲を受け入れた

興奮しすぎたが 今我々は命を取り上げている

素敵じゃないか 人の命を犠牲にするのは

必然的な結果なんて嫌いだ 代償が大きすぎる

ただ君らは歓楽を追い求めるだけ

素敵じゃないか 人の命を犠牲にするのは

僕は常に楽な逃げ道を取る 自分が生きてる価値などない

素敵じゃないか 人の命を犠牲にするのは

僕が殉教者だと言ってくれ 僕のエゴにそれを求めてくれ

ただ光が欲しいだけ

https://youtu.be/e7b5hbWvWEQ

このアルバムは昨年のグラミーで話題となったチャンス・ザ・ラッパー同様、デジタル・ダウンロードとストリーミングのみの配信。なので内容は音像こそ今風R&Bですが、楽曲の構成やメッセージは昔ながらのR&Bの要素とゴスペル的要素を内包しながら、正に今の時代の音楽消費に合った形での表現方法を取っていると言えます。

彼がノミネートされた部門は、ブルーノ・マーズやこちらも実力派女性R&Bシンガーのレディシ、今年の有力新人の一人SZAなど強力な面子が肩を並べていますので、なかなか受賞は難しいと思いますが、今年3月には代官山UNITで一回きりの初日本公演も予定されているこのダニエル・シーザーという才能、これを機会に今後注目していかれてはいかがでしょうか。

<チャートデータ> 

ビルボード誌全米アルバム・チャート 最高位25位(2017.9.16付)

同全米R&B/ヒップホップ・アルバム・チャート 最高位16位(2017.9.16付)

同全米R&Bアルバム・チャート 最高位6位(2017.9.16付)