2016.3.21
新旧お宝アルバム #35
『Lark』Linda Lewis (Reprise, 1972)
春分の日の三連休は一気に春の陽気を実感させる暖かさで、心地よさに誘われてあちこちに出かけたり、おうちでゆっくりと過ごしたりしながら過ごされてる方も多いことでしょう。
今週の「新旧お宝アルバム!」は「旧」のアルバムの順番。今回は、こういう暖かい春の到来の時期にぴったりの、5オクターブの美しい歌声が正にヒバリの鳴き声のように聴く者の心を暖かく包んで癒やしてくれる名盤、リンダ・ルイスの『Lark』をご紹介します。
リンダ・ルイスといえば、90年代半ば頃のいわゆる「フリー・ソウル」ブームの頃に渋谷系の音楽ファンやDJたちが昔の音源を掘り起こす中で再発見され、ちょうど時を同じくして彼女の新作『Second Nature』(1995)が発表されたこともあり、一時音楽好きの間では結構評判になったUK出身の黒人女性シンガーソングライター。しかしそのスタイルはいわゆる伝統的なR&Bシンガーでもなく、当時盛り上がりを見せていたオーガニック・グルーヴ満点のUKソウルでもありません。
彼女のスタイルはどちらかというと、自ら曲も書き、アコギも達者に操ることから、ジョニ・ミッチェルやローラ・ニーロといったフォーク系のシンガーソングライター達の影響を色濃く受けているのは明らかで、それに彼女独特のセンスによる昇華されたようなグルーヴ感がふんだんに溢れかえっているのです。
自分が持っているこのアルバムの日本盤CDの解説を書かれている渡辺亨さんなどはビョークとの類似性を指摘されていますが、これは多分このアルバムの最後に収録されたライヴ・バージョンの「Little Indian」のワールド・ミュージック的なパフォーマンスにかなり触発されてのコメントではないかと思われます。
またリンダというと有名なのが、ミュージック・マガジンの元編集長だった故中村とうよう氏がオリジナル盤のリリース当時、このアルバムとリンダを「ジョニ・ミッチェルもローラ・ニーロもキャロル・キングも束になってもかなわない」と手放しで絶賛したという事実。マイケル・ジャクソンの『スリラー』(1982)に0点を付け、発表当時ロック・シーンに衝撃を与えたトーキング・ヘッズの『Remain In Light』(1980)をボロクソに評するなど、その辛辣な評論スタイルでは定評のあるとうよう氏が絶賛したのも、彼女のシンガーとしてのテクニックが素晴らしいにも関わらず、そのパフォーマンスが極めてナチュラルであり、かつ文化的普遍性を感じさせることによるのではないかと思う次第です。
いずれにしても黒人女性シンガーで比較できるアーティストがあまり見当たらず、強いていえば彼女が日本で再発見された90年代半ばに出てきたインディ・アリーくらい。ただインディ・アリーはかなり伝統的なR&Bスタイルを強くバックボーンに持っており、リンダの「無国籍感」のようなものは希薄です。やはりリンダの表現スタイルと立ち位置は、このアルバムが発表されて40年以上が経つ今でもとてもユニークといっていいと思います。
そして何といっても素晴らしいのはリンダの声とそのボーカル・テクニック。5オクターブの美しい歌声は、とてもキュートでありながらあざとさやテクニックをひけらかすようなところは一切なく、テクニック的にはかなり高度な歌唱をしているのに、聞こえてくる歌声はあくまで美しく、ナチュラルで自然に耳に入ってきて聴く者を包んでくれます。
同じ5オクターブの歌声というとミニー・リパートンが有名ですが、リンダはどうやらミニーよりもやや声域が低めで、ミニーが出さない低めの音階もカバーしている模様(「Feeling Feeling」あたりではそれがよく判ります)。ミニーの代表作「Lovin’ You」(1975)のあの歌声とバックに小鳥の歌声を配したアレンジなどは、プロデュースしたスティーヴィー・ワンダーがリンダの大ファンだったという話を聞くと、きっとリンダのこのアルバムの雰囲気に影響を受けたものだったに違いない、と思ってしまいます。
とにかくアコギでジョニ・ミッチェル風に始まりいきなりリンダのキュート・ボイスが炸裂する冒頭の「Spring Song」から、フェンダーローズのイントロからゆったり始まり後半ゴスペル的なカタルシスに盛り上がっていく「Reach For The Truth」、ちょっと非西洋的なコード展開のアルペジオのアコギとリンダのボーカルが印象的な「It’s The Frame」、70年代ウェストコーストのシンガーソングライター作品のようなスケールたっぷりな曲調にミスマッチなリンダのキュートボイスが得も言われぬ快感を呼ぶ「Feeling Feeling」などなど、とにかく春の訪れにこれ以上なくふさわしいと思えるリンダの歌声に浸って下さい。
アルバム後半の楽曲でもリンダの歌声は素晴らしく、このアルバムで最も伝統的なR&Bスタイルに近い、後にコモンの「Go!」(2005)にもサンプリングされていた「Old Smokey」やピアノの弾き語りがローラ・ニーロを思わせる「Been My Best」など佳曲ぞろい。アルバム最後は上述したちょっとワールド・ミュージックっぽいライヴバージョンの「Little Indians」で幕を閉じます。
このアルバムをプロデュースしているジム・クリーガンは、ファミリーやスティーヴ・ハーレイ&コックニー・レベルなどのUKの個性的なロックバンドのギタリストだった人で、この当時リンダのご主人。この頃リンダは自分の作品以外でも、キャット・スティーヴンスの『Catch Bull At Four』(1972)やデヴィッド・ボウイの『アラジンセイン』(1973)といったアルバムにボーカルで参加しており、夫婦揃ってとても多様な音楽ジャンルでの活動を行っていたわけで、このアルバムの各楽曲の「ジャンル昇華感」みたいなものはそうした様々なジャンルでの活動を経て培われたものだったのでしょう。
90年代再発見された頃も、ジャミロクワイやジョーン・アーマトレイディングといったアーティストのアルバムにも客演し、来日公演も行ってリンダに対する関心と評価はかなり盛り上がっていたようですが、それから既に20年が経過して、今彼女の名前が音楽シーンで語られることは少なくなってしまいました(曽利文彦監督の2007年のアニメ映画『ベクシル2077日本鎖国』の中で使われた、ベースメントジャックスの曲「Close Your Eyes」にフィーチャーされていた、というのが一番最近の動向のようです)。
いつの時代になっても普遍的な素晴らしさを持つこの作品を再評価して楽しむ意味でも、春爛漫が間近に迫っているこの時期、リンダのヒバリのような美しい歌声とジャンルレスな彼女の素晴らしい楽曲を満載したこのアルバムをスマホに入れて、暖かい日の光の中に飛び出して、彼女の歌声を存分に浴びてみませんか?
<チャートデータ>
英米ともにチャートインなし