2019.11.18
新旧お宝アルバム #161
『Little Ghost』Moonchild (Tru Thoughts, 2019)
いよいよMLBの各年間賞の発表もほぼ終わり、今週は来年1月授賞式の第62回グラミー賞のノミネート発表と、年末色満載のイベントがそろそろ立て込んできました。一方季節も一気に冬の雰囲気を漂わせてきた今日この頃、年末にかけて2010年代ベストアルバムの発表など、各種イベントも目白押しだと思いますが、いい音楽で2010年代の最終年の残りをお過ごし下さい。
さて今週の「新旧お宝アルバム!」は今年リリースの新作。2010年代半ばからロサンゼルスをベースに活動を行っている、今風の音響派的サウンドと、レトロなR&Bやジャズをバックボーンに、ひたすら心地よい音楽を作り出して昨年は初来日も行った3人組、ムーンチャイルドの4作目のアルバム『Little Ghost』(2019)をご紹介します。
最初にムーンチャイルドの作品を聴いたのはいつ、どうやってだったか既にあまり記憶が定かではないのだけれど、多分彼らがブレイクした前作『Voyager』(2017)リリース直後にYouTubeでいろんな動画をあちこちと聴いて(見て)いた時に多分「Cure」とか「6AM」とかだったと思うけど、たまたま彼らの動画に巡り会ったのが最初だったかな。その幻想的というかドリーミーな趣味のいいシンセベースのトラックに、こちらもドリーミーながらそれでいて根っこに90年代オーガニックR&Bに通じるような女性ボーカルに一発で魅せられたものです。たまたまその直後に渋谷のレコード屋で『Voyager』のアナログ盤を見かけて即購入。それ以来自分の愛聴盤になって、その年の自分の年間ベストアルバムの4位に入れたくらい。
2010年代はこの種の音響派的サウンドのR&B作品で素晴らしいものが次々に出たデケイドで、特にオッド・フューチャー系のフランク・オーシャンやジ・インターネット、そしてケンドリック・ラマー人脈から一気にメインストリームに出てきたアンダーソン・パーク、テラス・マーティン、サンダーキャットといった連中がこのデケイドの一面を定義するような作品をリリースし、この種の作品に対する自分ののめり込みも一気に進んだ、そんなデケイド。
自分の2017年の年間ベスト5にもサンダーキャット『Drunk』を筆頭に、このムーンチャイルドやカリードといったアーティストの作品を入れたし、またこれらのアルバムはシーンでも高く評価されたということで一つのメインストリームジャンルとして認知されて、他のヒップホップやオルタナ・ロック・アーティストにも影響を与えることによってこのデケイドの音楽シーンを豊かなものにしてくれた、そんなサブジャンルとしての存在感を発揮してましたね。
このムーンチャイルドは、南カリフォルニア大学(USC)のジャズ・プログラムで知り合ったアンバー・ナヴラン、アンドリス・マットソン、マックス・ブリックの3人により結成。グループ名は、3人である日星空を眺めていたことがきっかけでしっくり来る名前だと感じたためとのこと。確かに彼らのサウンドは、夜星空を眺めながらチルアウトするのにぴったりですからね。
当初彼らのサウンドを聴いた後、メンバーのアー写を見て3人とも白人だったのには個人的にちょっと驚いたのを覚えてます。それほど彼らのサウンドはそのシンセをうまく楽曲の骨格に使う手法が70年代のスティーヴィー・ワンダーを想起させますし、アンバーのボーカルは(よく引き合いに出されるのですが)エリカ・バドゥやコリン・ベイリー・レイといった囁くような90年代以降のオーガニックR&Bのスタイルを今風に聴かせてくれるので、てっきりUKの黒人メンバーによるグループだとばっかり思っていたのです。
一つ彼らのサウンドについて言えるのは、上述した2010年代を定義する音響派的サウンドR&Bのアーティスト達の中でも、現代風R&Bやヒップホップよりも(もちろんこれらの要素もあちこちにちりばめられていますが)、よりジャズの要素がベースに色濃く練り込まれていること。もともと3人ともジョン・コルトレーンを敬愛するというくらい、ジャズに軸足の一つを置いているわけで、フレーズや楽器の使い方(たとえばホーンのさりげない使い方など)のそこここにジャズっぽい意匠が感じられることも多く、それがまた彼らの音楽の独特の魅力にもつながっているのです。
今回の『Little Ghost』は、前作の『Voyager』でのブレイクを受けて世界中を回るツアーの後に作られた新作。彼らのインタビューなどでも明確に言っていますが、彼らはアルバムごとに新しい要素や楽器を必ず作品に盛り込む、というのを一つの方針にしているらしく、今回の新しい要素の一つはそれまでピアノで曲を書いてトラック作りはアンドリスとマックスに任せていたというアンバーが積極的にトラック作りやプロデュースに参画したこと。それまでボーカルとフルートがメインだった彼女が今回シンセを買い込んでトラック作りにも大きく関与したことによって、これまでよりもよりリズムが強調された、ものによってはかなりファンキーなトラックができたとのこと。確かに今回のアルバムでは前作の星空にたゆとうような浮遊感満点のサウンドから、よりメリハリの効いたリズムの要素が、シンセベースやリンドラム、そしてパーカッションなどでより前面に出ていて、それが今回のアルバムの新しい魅力になっています。不思議なパーカッションとヒップホップを思わせるシンセベースと力強いリズムでいきなりアルバムオープニングから彼らの新しい世界に連れて行ってくれる「Wise Women」や、アコギのハーモニックスで始まり、ガッツリしたウォーキング・リズムに夢見るようなアンバーのボーカルが絡む「Strength」、更には90年代のディアンジェロの楽曲を彷彿とさせるライトR&Bファンクの「Onto Me」などはこうした要素が特に感じれられる楽曲です。
もう一つの新しい要素は、これまであまり登場しなかったアコギやウクレレ、さらにはカリンバ(親指ピアノ)といった新しい楽器を今回も積極的に取り入れていること。特にアコギサウンドと彼らの従来のシンセベースのトラックとの融合については、メンバーがボン・イヴェールの『22 A Million』(2016)からの影響が大きかったことを明言していて、アコギとシンセの融合というアイディアを彼のレコードからインスパイアされて実際にやってみたところうまくいったと。
フィンガースナッピングとアコギの演奏が、タイトなリズムのムーンチャイルド的シンセトラックと融合して独得のグルーヴを生んでいる「What You’re Doing」、ジャズ的なスイング感溢れるリズムのシンセトラックにやはりアコギがさりげなく絡んでくる「Too Much To Ask」、そして逆にアコギの演奏やアコースティック・ピアノが主体となったメロディと楽曲にさりげなくシンセトラックが絡みついてきて、新しいムーンチャイルド楽曲のスタイルを提示している「The Other Side」など、それまでも独得のグルーヴを提供してきた彼らが、また新しい形でちょっとスタイルを変えたグルーヴを造りだしてくれていることが、何度か聴くうちに大変印象的に思えたのです。
また、「Sweet Love」でイントロから楽曲を通じて印象的に使われているカリンバの演奏も、彼らのサウンドに新しい魅力を付加しています。これはマックスが、90年代後半のディアンジェロやジェイムズ・ポイザー(ザ・ルーツのプロデュースで有名)のサウンドを意識して使ったとのこと。
アルバム中最も現代風音響派的R&Bの意匠を明確にまとって、ジ・インターネットの作品といっても充分通る、シンセベースやシンセドラムの産み出すグルーヴが印象的な「Still Wonder」でアルバムはフィナーレを迎えますが、アルバムを通して聴くと、いつの間にかムーンチャイルドの創り出すグルーヴの世界にどっぷりハマっていて、ザワザワした日常から逃れて、幻想的で精神を落ち着かせてくれる、そんなサウンドの虜になっている自分に気がつく、そんなアルバムです。
ムーンチャイルド、そしてこのアルバムは、常日頃メディアから放出される今時のテンション高いサウンドにちょっと疲れ気味で、何か新しい、それでいて魅力的で音楽の素晴らしさを純粋に楽しめる、そんな音楽を求めている方には絶好のアルバム、アーティストです。折から深まり行く秋の雰囲気にもぴったりのこのアルバム、年末に向かうあなたの音楽ライフのサウンドトラックにいかがでしょうか。
<チャートデータ>
ビルボード誌全米インディ・アルバムチャート 最高位26位(2019.9.21付)
同全米R&B・ヒップホップ・アルバムセールスチャート 最高位13位(2019.9.21付)