新旧お宝アルバム #9
「South」Hot House (deConstruction / RCA, 1988)
「旧」のアルバムを取り上げる順番の今週の「新旧お宝アルバム!」、第9回目の今回は、旧といっても比較的最近に近い、1980年代のアルバムにスポットを当てます。今回取り上げるのは、80年代後半UKでブラック・ミュージックが様々な形で盛り上がっていた時期、マンチェスターから登場した、黒人女性ボーカルと白人男性2人によるトリオ、ホット・ハウスの素晴らしいデビュー・アルバム「South」をご紹介します。
あまり音楽関係のメディアや評論でふれられることは多くないのですが、80年代後半のUK音楽シーンでは、ディスコやポスト・パンクの熱が過ぎ去った後の、60年代から70年代初頭のUS R&B音楽への懐古趣味的なR&Bムーヴメントが起きていました。
アイドル・グループ、ワム!から独立して、アルバム『Faith』(1987)で正当派R&B路線を高らかに宣言したジョージ・マイケル、同じく「If You Don’t Know Me By Now」のカバーなど、フィリー・ソウルへの憧憬を露わにした楽曲で一躍トップグループの仲間入りをしたシンプリー・レッド、同じくフィリーソウルの影響を強く受けたリサ・スタンスフィールドといったブルー・アイド・ソウルのアーティストが次々に輩出する一方、USのニック・マルティネリのプロデュースによるルース・エンズや、ソウルIIソウルなど、クラブ・シーンを中心にグラウンドビートやハウス系を中心としたUKブラックのアーティストも多く活躍したのがこの時期。
そもそもUK音楽シーンが1950年代のスキッフルや1960年代のビートルズやストーンズ以来、米国黒人音楽への憧憬をベースに繁栄してきたことを考えるとこの動きも当然と言えば当然だったわけです。
そんな時期にマンチェスターから登場した人種混合トリオ、ホット・ハウス。
このアルバムにも収録、サザン・ソウルの匂いを強く感じさせるR&Bバラードの先行シングル「Don’t Come To Stay」が各音楽誌の高い評価を受け、アメリカはマッスルショールズで録音したデビュー・アルバムが本作。プロデュースは、10ccやスニッフ&ザ・ティアーズなどのメンバーとしても一時期活動していたUKのセッション・ドラマー、ジェイミー・レイン。
ソウルミュージックの持つ情念や、R&Bについてのプライドを感じさせる映画の一シーンのようなジャケもインパクトがあるのですが、アルバム冒頭はシャッフルのリズムに乗ってしなやかなヘザー・スモールのボーカルが、ホーンセクションと男性コーラスをバックに飛び込んでくる、軽快なアップの「The Way That We Walk」でスタート。ちょっと洒脱ながら、正当直球派のR&Bの醍醐味を存分に楽しませてくれるオープニングです。
続く「Don’t Come To Stay」は上述の通り、サザン・ソウルっぽいバラードの佳曲。「Hard As I Try」は更に夜のクラブあたりでかかるとあたりがしっぽりとなりそうなスロウながら、タイトなリズムがいい感じ。ここでも抑えめながら情感たっぷりなヘザーのボーカルが映えています。
「The Jealous Kind」はこのアルバムで2曲のカバー曲のうちの一曲で(残りは全てメンバー3人の共作)1970年代初頭ザ・バンドにも関わったルイジアナ出身のソウルフルなシンガーソングライター、ボビー・チャールズの曲。いかにもアメリカ南部、といったフレイバーの曲をタイトながらグルーヴ満点の演奏をバックに、これもヘザーが情感たっぷりのボーカルを聴かせます。
続く「Same Place, Same Time」はどちらかというとモータウンやノーザン・ソウルの雰囲気を感じさせる、男性コーラスとヘザーのボーカルがコール&レスポンス風に展開するスマートなアップテンポ曲。R&Bの楽しさを存分に表現していて、聴いていてウキウキしてくるナンバーです。
もう一曲素晴らしいのがもう一つのカバー曲である、ウィリー・ネルソンがソングライター時代に書いてカントリー・レジェンドのパッツィー・クラインが取り上げて、ウィリーの名前をカントリーシーンに一躍轟かせたバラードの名曲「Crazy」。80年代前半、ステファニー・ミルズやイヴリン・キングのプロデュースで名を馳せたロン・カーシーがドラムスとプロデュースに加わったこの曲は、アメリカ南部のクラブで数少ない聴衆を前に演奏されているかのような、レトロながらソウルフルな魅力が満点な出来になっています。
このようにこのアルバムは、UKの新人グループのデビュー作とは思えないほどR&B作品としての完成度が高く、特にほとんどをメンバーが自作している楽曲のクオリティがとても高いのです。この時期のUKソウルは、同時期のUSソウル作品に比べて良い意味でも悪い意味でも、垢抜けていてドロドロした感じがないものが多いのですが、この作品についてはそれが見事にプラスに作用しています。特にシンセサイザーや打ち込みその他のエレクトロニックな楽器や細工を一切排除して、徹頭徹尾アーシーでオーガニックな音作りに徹しているのが素晴らしく、古い洋楽ファンには懐かしく、新しい洋楽ファンには新鮮に聞こえるのではないでしょうか。
残念ながらこのアルバムは音楽誌等の評判に反しUKでもあまり商業的に成功せず、この後ホット・ハウスは1990年にもう一枚アルバムをリリースした後、ボーカルのヘザーが、ハウス・ミュージック系のグループ、Mピープルに参加したことで自然解散。ヘザーはMピープルで、「Moving On Up」の世界的ヒット(1993年UK最高位2位、1994年全米最高位34位)をはじめ、1993〜1998年にかけて「How Can I Love You More?」「One Night In Heaven」など10曲もの全英トップ10ヒットを放つなど、素晴らしいキャリアを続けた一方、残ったマークとマーティンの二人は今はオンライン系の音楽評論メディアを運営しているとのこと。
80年代のR&Bルネッサンス・ムーヴメントのUKに、いろんな偶然とR&Bミュージックへの愛情が結集して生まれたこの珠玉のような(今や)無名アーティストによる作品、R&Bファンなら是非、R&Bファンでなくてもチャンスがあったら是非耳を傾けて頂きたいのです。
残念ながらApple MusicやiTunesでは手に入らないようなのですが、CDショップのR&Bセクションのセール等で見かけたら迷いなく拾ってあげて下さい。その価値のあるアルバムであることは保証致します。
<チャートデータ>
「Don’t Come To Stay」全英シングルチャート 最高位74位(1987.2.14)
「The Way That We Walk」全英シングルチャート 最高位78位(1987.8.29〜9.5)
「Crazy」全英シングルチャート 最高位99位(1988.7.16)