新旧お宝アルバム!#175:コロナ自粛特別企画「2010年代のオススメアルバムランキング」完結編:11位〜1位

お知らせ

いよいよ国内公表感染者数が1万人突破してしまいましたね…とにかく今は一人一人が不要不急の外出しないことを極力徹底して、感染拡大の防止に努めるしかないですね。先週くらいから在宅勤務になった方も多いようですので、そういう傾向が少しでも感染拡大防止に効いていることを望むしかありません。さて、そんな中、このコロナ外出自粛企画も最後の10枚になりました。多分、普通の音楽メディアや音楽評論家の方が選んでる10枚とは重ならないものが多いと思いますが、それも一興ということでお楽しみ下さい。ではさっそく10位から。

10. Sometimes I Sit And Think, And Sometimes I Just Sit – Courtney Barnett (2015, Marathon Artists / Mom + Pop)

2010年代、何だかんだいっても新しく出てきた女性ミュージシャン達の躍進が著しいデケイドだった気がする。今回の50枚には入れられなかったけど、ミツキ、エンジェル・オルセン、ジュリー・ホルター、セント・ヴィンセント、FKAトウィッグス、アリアナ、マーゴ・プライス、ジャネル・モネイなどもこのリストに入っても全くおかしくなかったし、これまでの40枚のうち13枚が女性ソロまたは女性メインボーカルのアーティストたちによるものという、まあなかなかの割合。この後トップ10にも女性アーティストはまだ出てくるけど、その中でも自分的に群を抜いて目が覚めるようなインパクトがあったのが、このオーストラリア出身のカッ飛びギターロックねーちゃん、コートニー・バーネットだった。

音はシンプルなギターをかき鳴らすロックンロール、でもメロディのフックやリフがとてつもなくキャッチーで、コートニー自身もまったく見た目を気にせずただただ潔くロックしてるという、この2010年代には珍しい気分爽快100%ロックンロール!というのがいい。この気持ち良い潔さは、例えばラモーンズとか、セックス・ピストルズとかいった重量級というよりは、初期のグリーン・デイとか初期のプリテンダーズなどに通じる軽さと威勢良さが微妙なバランスな感じ。そしてシンプルに「かっけー」と思えてしまうストレートさが最高。それに加えて彼女の曲の歌詞が、どれもドライなユーモアたっぷりでウィットに富んだものばかりで、これをこういう軽快でストレートでポップなロックンロールに乗っけてくれてるんでただただ痛快。

こちらも2016年1月の「新旧お宝アルバム!」で解説してて、その中で思わずニヤリとしてしまうような歌詞の「Elevator Operator」と「Dead Fox」の内容を訳詞つきで解説してますので是非そちらも見て下さい。自分はこれまで彼女のステージを2016年と2019年のフジロックで見てて、その痛快さを改めて実感。特に去年のフジロックでは雨の中、タンクトップに脇毛伸ばし放題(笑)のコートニーが最後ギターをアンプに叩きつけてフィードバックノイズでエンディングにするというワイルドなステージにまたまた惚れ直したところ。やあ彼女は只者ではないです。

9. Royal Blood – Royal Blood (2014, Black Mammoth / Warner Bros.)

ここまで僕の選ぶ2010年代のアルバムリストをご覧になった方は「あ、この人レアグルーヴとかオサレな音楽とかアコースティックなやつとかそういうやつがスキな人で、ハードなやつはあまり聴かない人なのね」という印象を持たれた方も少なからずおられるのでは。確かにそういうのも大好きだが(笑、ただし個性や光るものがないとダメ)この前の10位のコートニー・バーネットみたいのも大好きだし、もっとヘヴィーなやつも結構スキです。例えばツェッペリンの『Presence』あたりは必ず自分がオールタイム選ぶ時にはトップ20には入るし。

その僕がこのデケイドで一番ぶっ飛んだヘヴィーな奴がこのロイヤル・ブラッドのデビューアルバム。イギリスの2人組で、何とベースとドラムスだけのツーピース・バンド!そのサウンドのナタでブチ切るような切れ味とドスンドスンと迫る迫力は、是非ここに貼った動画で体験してほしいのですが、聴いてみて「何だ、ギター入ってるじゃん」と思った方、いえいえ、これ全部ベースとドラムスだけでやってるんですわ。驚きです。何でもあのジミー・ペイジが彼らのライヴを聴いてぶっ飛んだという噂もあり、実際彼らがこのアルバムリリースの直後の2015年のブリット・アウォードで最優秀イギリス・グループ部門を受賞したときのプリゼンターがペイジでした。

何せこのアルバム、オープニングの2曲「Out Of The Black」と「Come On Over」が無茶苦茶強力で、それだけで持って行かれる問答無用のアルバム。そのストイックなサウンドは、僕のオールタイムお気に入りの『Presence』に通じるところもありますが、更にあれよりも重たく迫ってくるこの作品、良質のハードロックと高度なミュージシャンシップを楽しみたい方には自信を持ってオススメできます。自分的にこのデケイドでハードロック・アルバムを1枚選べ、と言われたら文句なしにこれですね(ちなみに70年代は『Presence』、80年代はAC/DCBack In Black』、90年代はパール・ジャムTen』、2000年代はQOTSASongs For The Deaf』です)。

8. Malibu – Anderson .Paak (2016, OBE / Steel Wool / Empire)

自分の2010年代後半の最大のトピックは、このアンダーソン・パークに出会えたこと、といっていいほど彼と彼のこのアルバム『Malibu』は自分の本デケイドの音楽の聴き方に大きなインパクトを与えてくれた。しかも彼を知るきっかけが、ヒップホップヘッズの息子から「これ、オヤジ気に入ると思うよ」と教えてもらったことだったから、何となく運命的なものも感じるわけで。このアルバム聴いて、そのヒップホップをベースにした独得のR&B/ソウル・ミュージック(かつ、同時代の他のヒップホップ・ベースのR&Bアーティストとは全く異なるアプローチの音楽)に一発でハマってからというもの、彼の旧作やプロデューサーのKnxwledge(ナレッジ)とのワンタイム・ユニット、NxWorries(ノー・ウォリーズ)名義のコラボアルバム『Yes Lawd!』(2016)、そして彼自身の『Oxnard』(2018)、『Ventura』(2019)とハイペースで発表される作品をむさぼり聴いて、更に彼の作品への傾倒を深めたのだった。

このアルバムの楽曲内容の詳細の解説は2016年7月の「新旧お宝アルバム!」で取り上げた時の内容に詳しいのでそちらを見て欲しいのだけど、彼の場合、彼なりのスタイルのヒップホップ・ソウル(「Heart Don’t Stand A Chance」)から80年代ダンクラへのオマージュ(「Am I Wrong」)、そして70年代ソウルへの憧憬とオマージュ満載の曲(「Put Me Thru」)まで、とにかく他の同時代のR&Bアーティストに比して間口が広く、また判りやすいのが魅力。2018年のフジロックに彼が来日したときは喜び勇んで観にいったのだけど、当日のノリノリのステージを観ながらあっそうか、と思ったのは、アンダーソン・パークがドラマーとしてもかなり優秀なミュージシャンであるということ。彼の楽曲が今の時代の空気を備えた独得のビート感を備えているのも納得。そしてそういうこともあって、今や彼の名前をヒップホップやR&B系のいろんな作品で見ることも多くなった。2020年代、彼が何をやるのか今から楽しみ。

7. Modern Vampire Of The City – Vampire Weekend (2013, XL)

ヴァンパイア・ウィークエンドっていうバンドは、この21世紀に登場した数あるオルタナティヴ・ロック・バンドの中でも、出すアルバム出すアルバム、その楽曲のクオリティや音楽性の多様性と独自性で頭一つ飛び抜けたものをリリースし続けてきたという希有なバンドだと思う。同名タイトルのデビュー作(2008)で、そのワールドミュージック的ポリリズムやチャンバー・ミュージック的様式美で構築された、一級品のモダンなポップ・ミュージックを提示、2作目の『Contra』(2010)でも非西洋的なリズム感覚とポップなメロディとの融合をまた一つ上のレベルに持って行った彼らが、リリースしたのがこの3作目。

https://youtu.be/kpFEkI_-KNk

ある意味3枚の中では一番「地味に聞こえてしまう」アルバムかもしれないこの作品、一枚目の「Mansard Roof」「Oxford Comma」のような80年代UKファンカラティーナ・ポップっぽいジャンピーなナンバーや、2枚目の「Holiday」「Run」のようなエレクトロ・オリエンタル・ダンス・ポップのような曲は見当たらない。でも、冒頭の「Obvious Bicycle」が始まった瞬間に「ああ,ヴァンパイアのアルバムだ」と感じてしまう郷愁にも似た安心感、「Unbelievers」の控えめながら紛れもないヴァンパイア的非西洋的リズム、そしてハープシコードの奏でるチャンバー・ポップなメロディやエズラのボーカルもまたヴァンパイア印満載の「Step」など、どこを切ってもあの多様で独得で甘酸っぱく楽しいヴァンパイアの世界がこれまでよりもやや控えめに盛り込まれてる、ある意味一つの完成形といっていい作品になっている。そして楽曲の雰囲気といい、時々歌詞に登場する言葉といい、これまでで一番ニューヨークを感じさせるアルバムでもある。

https://youtu.be/mhmujtqEcs4

また歌詞の内容的にもいくつか興味深い部分があるけど、一番耳に入ってくるのが楽曲的にはユニークなリズムとハイトーンのボーカルのアンサンブルが面白い「Finger Back」の中で歌われる「こんな風に生きてたくはないけど/死にたくもない(I don’t want to live like this / but I don’t wanna die)」という一節。実はこのフレーズ、この後の最新作『Father Of The Bride』(2019)の「Harmony Hall」の歌詞でも再登場する印象的なフレーズ。コロナ禍の中で世界中がロックダウン状態の今、このフレーズは正に現代の若者が直面している心境をはからずも表現しているかのようだけど、この時エズラは漠然とした生と死に対する不安と思索を表現していたということなのだろう。控えめながらも極めてポップで、バウンシーで、文化多様性を思わせる楽曲で今の時代にぴったりのこんな表現ができるあたりがこのバンドの、そしてこのアルバムの特筆すべき点なんだと思うのです。

6. Infinite Arms – Band Of Horses (2010, Columbia)

2000年代が新たなアメリカーナ・ロック・シーンの勃興期だったとすると、2010年代はそうして登場してきたアメリカーナ・ロックのあるアーティストはより充実した作品を発表し、また新たなアーティスト達による世代交代が一部進んだ、アメリカーナ・ロック・シーンの成熟期だったといえるのでは、と思ってます。前者の傾向では、ライアン・アダムスは両デケイドを通じて充実した作品をリリースし続けましたし、2000年代に『Yankee Hotel Foxtrot』(2001)や『A Ghost Is Born』(2004)といった傑作アルバムでシーンで大きな存在感を見せたウィルコはこのデケイドではやや勢いを失う一方、リーダーのジェフ・トゥイーディーによるソロ、ワンタイム・コラボ、そしてメイヴィス・ステイプルズの一連作品のプロデュースなど、多様な新しい方向の表現活動を提示してみせました。またそのウィルコに代わるかのようにシーンで大きな位置を占めるようになったのが『Southeastern』(2013)と『Something More Than Free』(2015)で台頭してきた元ドライヴ・バイ・トラッカーズジェイソン・イズベルでした(彼の今年1月の来日ライヴは本当に素晴らしいものでした)。また、新しいプレイヤーとして、ホイットニー、ザ・ローン・ビロウ、スタージル・シンプソン、クリス・ステイプルトン、リアノン・ギデンズ、マーゴ・プライスといった面々が、ある者はネオトラディショナルなカントリー的アプローチで、ある者はよりインディ・ロック寄りのアプローチで、新たなアメリカーナの形を提示してみせました。

そんな中で、決してウィルコジェイソン・イズベル、ライアン・アダムスのようにシーンをリードするほどの大きな存在感は示さないまでも、時折珠玉のような作品をリリースしてくれていたのが、ジェイホークスとこのバンド・オブ・ホーセズでした。残念ながらジェイホークスはこのデケイドに入って創立メンバーのマーク・オルソンの脱退などで一旦失速してしまうのですが、シアトルから登場したバンド・オブ・ホーセズは、その美しいハーモニー・ボーカル・アンサンブルと、懐かしさを想起させるメロディ楽曲、そして時には骨太の力強いサウンドでロックするというスタイルで、このデケイドに入ってからそのアーティストとしての力をぐんぐん伸ばしてきました。その彼らが、インディのサブ・ポップからメジャーのコロンビアに移籍して最初にリリース、彼らの評価を決定づけたのがこの『Infinite Arms』でした。

https://youtu.be/vxHB75HtLDs

ドラムロールと共に目の前が開けるような「Factory」や「Blue Beard」、「On My Way Back Home」、「Older」そして個人的にはこのアルバムのベスト・トラックだと思う「For Annabelle」などは、彼らの郷愁感たっぷりのメロディと美しいハーモニー・ボーカルで、彼らの魅力を存分に楽しめる楽曲ですし、シングルカットされた「Laredo」や「Compliments」、「NW Apt.」などは彼らのロック・バンドとしての力強い演奏とドライヴ感が楽しめる楽曲。そうした両方の魅力をバランスよく聴かせてくれるのがこのアルバムの最大の魅力です。詳しくはこちらも、2016年4月の「新旧お宝アルバム!」で大いに語っていますのでそちらをご覧下さい。この後も名匠グリン・ジョンズがプロデュースした『Mirage Rock』(2012)、『Why Are You OK』(2016)とそれぞれ魅力ある作品を発表し続けているバンド・オブ・ホーセズ、そろそろ新譜の到着が楽しみです。

5. Bad Self Portrait – Lake Street Dive (2014, Signature Sounds)

今やあの萩原健太さんもイチオシアーティストの一つに頻繁に名前を出されているこのレイク・ストリート・ダイヴ(LSD)ですが、彼らのブレイクスルー・アルバムとなったこの作品がリリースされた当時は、LSDの名前は全く日本では知られてなかったと思います(この時点ではインディ・リリースなので、まだこのアルバム、日本盤も出てないと思います)。自分も、当時ロスに留学してた娘がSpotifyで聴いて教えてもらわなければ、彼らの素晴らしい音楽に巡り会うのはかなり後になってしまったことでしょう。とにかくリード・ボーカルのレイチェル・プライスのテクニックとエモーションと雰囲気たっぷりの素晴らしいボーカルと、R&Bやジャズの要素をふんだんに盛り込んだレベルの高い楽曲構成、そしてメンバー全員がニュー・イングランド音楽院のクラスメートということでクラシックの教育とジャズ等の素養に裏打ちされた高い演奏能力が組み合わさり、彼らが書きためた楽曲を満載したこの作品は、間違いなく自分がこのデケイドに出会った作品の中でも五指に入るものでした。

こちらも2015年5月に「新旧お宝アルバム!」を始めたばかりの頃に熱く解説しているので、詳しいレビューはそちらを是非ご覧頂きたいのですが、冒頭のタイトル・ナンバー、パワーポップ風なドラムスのマイクのペンによる「Stop Your Crying」、ぐっとダウンテンポの曲調がレイチェルの卓越したボーカルを際立たせる「Better Than」、そしてモータウン風リズムと半音階ずつ変化するメロディとベースのアレンジが秀逸な「You Go Down Smooth」など、聴き所は満載で、このアルバムを知った2015年当時かなり入れ込んでました。当時まだLSDを誰も知らない頃、ピーター・バラカン氏の『BARAKAN BEAT』の公開録音に参加するチャンスがあった際に、たまたま送っていたLSDの「Bad Self Portraits」のリクエスト・メールが会場で読まれて曲がかかり、周りのオーディエンスの皆さんが「いいねえこれ!」と言って下さったのが我がことのようにうれしかったのがついこの間のようです。

このアルバムの成功を経て彼らはメジャーのワーナー系ナンサッチから『Side Pony』(2016)、『Free Yourself Up』(2018)とアルバムをコンスタントにリリースしていますが、正直このアルバムのクオリティには今ひとつ届いていないようなので、次作あたり、おっと言わせてくれる新作を楽しみにしたいところですね。

4. Heard It In A Past Life – Maggie Rogers (2019, Debay Sounds / Capitol)

自分の個人ブログを昨年読んで下さってた方々にとってはマギー・ロジャースの名前はとっくにお馴染みだろうと思うし、彼女がいかに才能溢れたソングライターでありサウンドメイカーであるかについてこれまで自分が熱く語って来たので、この順位にこの彼女のメジャー・デビュー・アルバムが入って来ていても何ら違和感ないでしょうね(笑)。実際、このアルバムは自分の2019年年間アルバム・ランキングでぶっちぎりで1位だったし、ビリー・アイリッシュと同じ年のグラミーに最優秀新人賞部門にノミネートされる、という不運さえなければ、間違いなく彼女のグラミーは堅いところだったでしょう。

彼女との出会いは、昨年1月にビルボードのトリプルAチャート(現在はアダルト・オルタナティヴ・ロック・チャートという名前になってますが)で1位になったこのアルバムにも収録の「Light On」を聴いたこと。その雄大でスケールの大きい楽曲とキャッチーで荘厳なメロディー、そしてそうした楽曲を基本シンセの打込みとリズムマシーンというともすれば無機的と捉えられがちな楽器と音色を使って、見事に有機的で叙情的な世界観に作り上げている彼女のソングライティングとサウンドメイキングには、非凡なものを感じました。このアルバムの多くの曲はアデルシーアなどとの仕事で有名な売れっ子プロデューサーのグレッグ・カースティンが手がけているのですが、同時代の他のポップ・アーティスト達とは使ってる楽器は一緒でもまったく一線を画するスタイルと楽曲を作り出している、ある意味今の時代で個性を放つシンガーソングライター。その意味では、ビリー・アイリッシュと共にこのデケイドの最後の年に登場するアーティストとしては、正にふさわしいといえるのでは。

このアルバムについても、昨年2月に「新旧お宝アルバム!」で詳しく解説していますので、例によってそちらもご覧下さい。今年のグラミー以降、彼女のニュースは入ってきていませんが、近いうちに彼女の新しい作品集に巡り会えることを楽しみに、今はこの素晴らしいアルバムを楽しんで下さい。

さて、いよいよトップ3。

3. Let Me Get By – Tedeschi Trucks Band (2016, Fantasy)

この2010年代アルバム特別企画の最初の時に、「自分と同じくらいの世代、すなわちアラフィフ以上、で最近のアルバム聴いてなくてよく判らない、という人のためにこのリストから1枚でも2枚でも聴いてみて」というようなことを言いましたが、この3位のアルバムとアーティストは、70年代ロックを熱く聴いてたオジサンオバサンロックファンの皆さんもとうにご承知のことだと思います。そう、テデスキ・トラックス・バンド!あのオールマン・ブラザーズ・バンドの末期のメンバーでもあり、オールマン・ファミリー直系の唸るギタープレイが真骨頂のデレク・トラックスと、同じく男顔負けのドライヴ感満点のスライド・ギターと火を噴くようなパワフルでソウルフルなボーカルが凄いスーザン・テデスキの夫婦を中心にした、今のロック・シーンで間違いなく史上最強の11人編成のライヴ・ロック・バンド。彼らの結成は2010年なので、まさしくこのデケイドを代表するバンドといえます。

とにかく70年代のオールマンを彷彿させるような、ブルースとR&Bとロックが一体となった、70年代からのロック・ファンにとってはたまらない楽曲の数々、そしてダブル・ドラムス、ツイン・ギター、ソウルフルなバックコーラスとホーンセクションを従えた興奮のライヴ・プレイを聴かせてくれる彼らのライヴは、2014年に大学時代の洋楽サークルの先輩に初めて来日公演に連れて行ってもらった時にノックアウトされて以来、2016年の日本武道館(この時のジョー・コッカーの『Mad Dogs And Englishmen』の完コピライヴと火を噴くようなスーザンのボーカルはヤバかった!)、2019年の東京ドームシティホールと全て見に行ってますし、その間の2018年にニューヨークに行った際、たまたまビーコン・シアターでやってた彼らのライヴも観ちゃってるという入れ込みよう。このデケイドで自分が4回も観に行ったのは彼らだけです。そして彼らの真価は、実のそのライヴの素晴らしさにあるので、今回彼らのアルバムを選ぶに当たって、このアルバムと初期のライヴ盤『Everybody’s Talkin’』(2012)とどちらにするか、随分悩みました。しかし、彼らの生のライヴのすさまじさを知ってるとCDになったライブ盤ではいかにも物足りず、逆にこの『Let Me Get By』は、それまでの彼らのスタジオ作『Relvelator』(2011)と『Made Up Mind』(2013)で積み上げて来たものの完成形的な充実度が素晴らしいので、このアルバムを選ぶことにしました。

クラシックなロック・シーンの現在の第一人者である彼らの貫禄すら感じさせるような、ゆったりとしたグルーヴで始まり、どんどん後半にスーザンのドラマティックなボーカルで盛り上がっていく冒頭の「Anyhow」から、南部ニューオーリンズのセカンド・ライン的な味わいで、ソウル・バラード風に静かに展開していくラストの「In Every Heart」まで、全ての楽曲が今のテデスキ・トラックス・バンドの実力と魅力を存分に堪能できる、そんなアルバム。2016年の武道館ライヴは、このアルバムリリース直後だったので、このアルバム後半で大活躍するドイル・ブラムホール2世クラプトンのツアー・バンドの中心メンバーでもあるブルース・ロック・ギタリスト兼ボーカリスト)も参加しての12人編成で、このアルバムの殆どの曲をステージで披露してくれて、そういうこともこのアルバムを特別なものにしている理由の一つ。この後も3枚組ライヴ盤『Live From The Fox Oakland』(2017)、スタジオ盤『Signs』(2019)とほぼ年一ペースでアルバムリリースしているTTB、これからも彼らの作品は支持すると思うし、ライヴは必ず観に行くと思う。そしてそういうシニア・ロック・ファンもかなり多いな、というのは2019年のライブの時に実感したので、そういう方々にはこれをきっかけに、今の他のバンドも是非聴いて頂きたいなあ、と思うのでした。

2. Geography – Tom Misch (2018, Beyond The Groove)

4位のマギー・ロジャースは昨年2019年の自分の年間ベスト・アルバム1位でしたが、その前の年、2018年の自分の年間ベストはこのトム・ミッシュでした。これはもうね、スラムダンクというかぶっちぎりというか、この年の年間2位アルバムが、こちらのデケイドランキングで26位に入れた、ケイシー・マスグレイヴ『Golden Hour』でしたから、かなり差を付けての1位だったわけでして。それくらいこのアルバムは、2018年の夏以降個人的にも超パワーローテーションだったんです。何せもともとブルーアイド・ソウル(特にUKの)には目がないところに、ジャズやヒップホップ、R&Bの要素が入念に練り込まれていて、アルバム全体がブラック・ミュージックに対するオマージュのような内容に、トムの才能があちこちにほとばしっているとあればハマらないわけがありません。そしてこのアルバム出した頃、彼はまだ22歳。

既にこれまで何度も言ってますが、90年代後半以降、優秀なR&Bは往々にしてUKから出てくるケースが多いわけですが、これは60年代に、それ以前のアメリカの黒人音楽を吸収して新たな音楽の形としてロックを提示したビートルズストーンズらがUKからの黒人音楽への回答だったことと何となく符号する気がしてまして。このトム・ミッシュも、自分の作品を出す前は他のUKのR&Bやヒップホップ・アーティスト達のバック・ミュージシャンやリミキサー、そしてプロデューサーなどの仕事を経て自らのミックステープを2014年頃から発表していますが、その根底にあるのはアメリカのジャズや、70〜80年代のソウル・ミュージック、そして90年代以降のヒップホップといったあたりが渾然一体となったものであるように思えます。

音楽を極めるには音楽を愛するしかないぜ、と黒人の男に諭されるモノローグで始まり、一気に洒脱なメロウ・ジャズ・ファンクに突入する冒頭の「Before Paris」、彼の音楽に対する秘めた情熱をホップホップ・ジャズ的なビートに乗せ、後半デ・ラ・ソウルトゥルゴイのラップをフィーチャーした「It Runs Through Me」、スティーヴィーの「Isn’t She Lovely」への(カバーではなく)オマージュ、最初のビートが始まったら最後、体が自然と動いてしまうその名の通りディスコ・ミュージックへのオマージュ「Disco Yes」などなど…登場する曲という曲、70年代後半以降のブラック・ミュージック・ファンであればほっぺが落ちっぱなしの素敵な楽曲のオンパレードで、もう何度でもリピートして聴ける内容間違いなし。そういえば彼のYouTube動画への書き込みで、誰かが「トム・ミッシュがギター、リアン・ラ・ハヴァスがボーカル、サンダーキャットがベースでアンダーソン・パークがドラムス、そんなライヴやってくれないかな」って言ってましたが、そういうライヴがあったら是非行きたい!全員この2010年代アルバムカウントダウンに登場した自分好みのアーティストばかりですからね(笑)。

あと、トムのこのアルバムで特筆すべきは、一切余計な音が鳴ってない、ということ。2000年代からこっち、アメリカのR&Bのレコードって、とにかくオーバープロデュース気味で、うんざりするような音作りのものが多い傾向があるのですが、トムのこのアルバムはオーバーダブも多分あまりやってなくて、楽器も基本的なギター、ドラムス、ベース、シンセサイザー、エレピくらいの結構オーガニックな編成で作り上げられてる、すっきりした音作りなので何度も何度も聴きたくなるんだと思うんです。今年には2年ぶりの新譜が出るというトム、今度はどんなサウンドを届けてくれるか楽しみ。

さて、いよいよ1位ですが、おそらくこのアルバムを予想した方はいらっしゃらなかったのでは。でも、こんなにこのデケイドを雄弁に象徴しているアルバムもないと思うので。

1. Wake Up! – John Legend & The Roots (2010, Good Music / Columbia)

言うまでもなく、このアルバムは自分の2010年の年間ベスト・アルバム1位のアルバムでした。この、21世紀を代表するメインストリームR&Bシンガーのジョン・レジェンドと、90年代アンダーグラウンドなセルフ・コンテインド(自らトラックを演奏する)ヒップホップ・バンドというユニークな立ち位置だったザ・ルーツによる、黒人公民権運動時代や人種差別抵抗、黒人としての意識向上と誇りをテーマとした1960〜70年代のソウル・R&B楽曲へのオマージュ的カバー・アルバムがなぜそんなに重要で、自分の胸を打ったか。それは2008年のアメリカ大統領選でのバラク・オバマ前大統領の歴史的勝利によってもたらされた「より多様で公平なアメリカ社会への希望と期待」が、このアルバムのジョンの歌唱(通常よりもおそらく意識的に激しめの歌唱になっている)やザ・ルーツの演奏(こちらもオリジナル楽曲の雰囲気を最大限再現するために、ヒップホップの雰囲気を残してはいるものの通常の彼らの演奏よりは抑えめにしてある)、そしてカバーされた曲の選択(超有名な曲は敢えて避けられている)などににじみ出ていて、そうしたアプローチでの彼らの歌唱・演奏の絶妙のエクセキューションに、少なからず感動したからなのです。

歓喜と希望に満ちたこのアルバムのリリースの後、2010年代はだいたいにおいてジョンザ・ルーツにとって、その希望を体現するようなデケイドになりました。ジョンは2014年には、このアルバムでも「Wake Up Everybody」(1976年ハロルド・メルヴィン&ザ・ブルーノーツのカバー)でもコラボしたコモンと共に、1965年に黒人投票権を求めてマーティン・ルーサー・キングJr.らが行ったセルマからモンゴメリーへの行進を題材にした映画『Selma(グローリー/明日への行進)』の主題歌「Glory」を作曲し、アカデミー賞の最優秀オリジナル歌曲賞を受賞。続いて2017年にはブロードウェイ・ミュージカル『Jitney』の共同制作者としてトニー賞を受賞。そして2018年にはNBCの『Jesus Christ Superstar Live In Concert』のプロデューサーとしてエミー賞を受賞して、史上15人目、黒人男性としては初のEGOT(エミー、グラミー、オスカー、トニーの4賞全ての受賞者)になるなど、黒人エンターテイナーとしては名実ともに不動の地位を確立しました。昨日全世界でオンラインストリーミングされた、レディ・ガガのキュレーションによる「One World: Together At Home」でも彼のパフォーマンスは存在感ありましたよね。特に最後のボッチェリ、セリーン・ディオン、ガガそしてピアノのランランとの共演によるフィナーレ「The Prayer」は圧巻でした。

一方ザ・ルーツはそれまでアンダーグラウンドのヒップホップ・バンドとして重要な地位を占めていましたが、メインストリーム・アクトではありませんでした。しかし2009年にスタートした『Saturday Night Live』出身の人気コメディアン、ジミー・ファロンのレイト・ナイト・ショーのハウスバンドとして毎晩お茶の間にその演奏と、リーダーでドラマーのクエストラヴの名前と顔が見られるように。そして2014年、ジミージェイ・レノの後任としてNBCの看板バラエティ番組『Tonight Show』のホスト就任と同時にザ・ルーツもそのハウスバンドに。かくしてザ・ルーツは全米一の人気番組のハウス・バンドとしてその名と存在感を全米中に行き渡らせたのでした。

しかし、そうしたブラック・コンシャスネスとブラック・プライドを静かに祝福するこのアルバムを作り上げた2組のアーティストの本デケイドにおける成功への流れのさなか、2016年の大統領選ではトランプ大統領が誕生。その後の歴史は皆さんもよくご存知の通りです。今アメリカは、リーダーの姿勢の影響で、再び黒人に対するものを含め様々な人種差別や移民系国民の排斥主義が一部で表面化していることによって分断されています。更にこれにコロナ禍と今秋の大統領中間選挙が絡み、アメリカ国民の多くは悩み、苦しみ、怒り、不満を湛えてしまっています。でも、ちょうど10年前にこのアルバムがリリースされたちょっと前、オバマ大統領が誕生する前も、アメリカはブッシュ政権の下、有色人種を含む多くの不満を抱えた層が多くいたはずです。でも、オバマ大統領誕生による大きな潮目の変化とその後のこのアルバムで、僕らはアメリカという国における黒人社会の歴史的なリジリエンシーに対する祝福への希望を目の当たりにしました。これから半年、何が起こるかはわかりません。でも来年の今頃、10年前にこのアルバムが出た頃のように、新たな状況の下でこの2020年代というデケイドへの希望が語れるような、そんな状況になっていることを心から願ってやみません。そうなれば、このアルバムに収録されたダニー・ハサウェイの「Little Ghetto Boy」のカバーも、ニーナ・シモンの「I Wish I Knew How It Would Feel To Be Free」のカバーも、そして先頃惜しくも他界したビル・ウィザーズの「I Can’t Write Left Handed」のカバーも、改めてその輝きを増すのではないでしょうか。

コロナ対応外出自粛特別企画、「新旧お宝アルバム!」による2010年代アルバム50選、いかがだったでしょうか。このリストに挙げられたアルバムで聴かれたことのないアルバムを、1枚でも2枚でも聴いてみて頂けて、1枚でも気に入ったアルバムが見つけて頂ければ選者としてこんなうれしいことはありません。まだまだコロナ対応は続きますが、皆さんどうか感染することもさせることもないよう、我々一人一人ができることを確実に行うように致しましょう。