2020.10.5
「新旧お宝アルバム !」#192
『Promise Of A Brand New Day』Ruthie Foster (Blue Corn Music., 2014)
MLBのポストシーズンが始まったけど、マエケンのツインズとダルビッシュのカブスは、二人の素晴らしいピッチングにもかかわらず早くも敗退。このままいくとヤンキースとドジャーズの1981年以来の対決になりそうな感じですね。田中のヤンキースを応援したいところだけど、1988年を最後にWSで勝ってないドジャーズにも2017年のダルビッシュ、2018年のマエケンのWSでの心残りを晴らして欲しいなあ。特にこの二人、今年充分WS行けるチャンスあっただけに。
さてすっかり秋が深まる気配が日一日と進んでいる今日この頃、こういう季節はやはり心にしみるシンガーソングライターや、魂を揺さぶってくれるアメリカーナ系のサウンドが恋しくなる季節。今週の「新旧お宝アルバム!」は、そんな今の季節に心の奥にしみいってくる歌声とサウンドがおすすめの、テキサスはオースティンをベースに活動する黒人女性ブルース・フォーク・シンガーソングライター、ルシー・フォスターの2014年のブレイクアウト・アルバム、『Promise Of A Brand New Day』をご紹介します。
テキサスのゴスペル・シンガーの家庭に生まれ育って、自らも地元のゴスペル唱歌隊のメンバーとして音楽に囲まれて育ったルシーは州内の大学でも音楽とオーディオエンジニアリングを専攻しながら、夜は地元のバーでブルース・バンドのメンバーとしてライブ活動で実力を積み上げていました。その後、広く世界を見てみたいということで海軍に入隊したルシー(このあたりが日本のミュージシャン目指す若者の行動パターンにはないところですね)は軍内のバンドに参加、入隊募集イベントなんかで演奏活動して、その歌とギターの腕に磨きをかけたようです。
除隊後、本格的に音楽で身を立てようとNYに移り、運良く名門アトランティック・レコードの契約を手にしたルシーでしたが、彼女をポップ・スターとして売り出そうとしたレーベルの方針に従うのではなく、自分のやりたいアメリカーナでのキャリアを追求するために、また折から母が病気になったこともあって、1993年に大胆にもNYでのメジャーレーベルの契約を捨てて地元テキサスに戻ることに。1996年に母親が他界するまでケアを続けながら、地元のTV局で働きつつチャンスを待つ時期を過ごしていました。
1997年についに自費でリリースしたファーストアルバム『Full Circle』が地元で評判を呼び、これがきっかけで今も所属している地元オースティン・ベースのブルー・コーン・ミュージック・レーベルと契約。以降着実にリリースしていった作品が草の根的にアメリカーナ・コミュニティでの評判を呼ぶようになって、メンフィス録音の6作目『The Truth According To Ruthie Foster』(2009)がその年の第52回グラミー賞最優秀コンテンポラリー・ブルース・アルバム部門にノミネートされて、ついにルシーの名前が全米で知られることになりました(この時受賞したのは、後にルシーとは切っても切れない親密な関係になるデレク・トラックス・バンドの『Already Free』でした)。
その後も次作の『Let It Burn』(2012)が第55回グラミー賞の最優秀ブルース・アルバム部門に再度ノミネート(受賞作はDr.ジョンの『Locked Down』)された他、ブルース関係のさまざまな賞を次々に受賞。一方ライブ活動も勢力的に行い、2012年には当時毎年NYのビーコン・シアターで行っていたオールマン・ブラザーズ・バンドのツアーに参加、あのスーザン・テデスキと一緒にザ・バンドの『The Weight』を熱唱して絶賛されるなど、更にルシーのシーンでの存在感と認知度が高まったところにドロップされたのが今日ご紹介するこの8作目『Promise Of A Brand New Day』です。
当時Pitchforkをはじめとする各音楽メディアの評価を集めていたこのアルバム、僕はまず最初そのジャケを見て一気に惹かれました。ひまわりやマリーゴールドらしき花が爛漫に咲き誇る野原にセミアコギターを持って、ほんとうにうれしそうに、そして安息の表情を浮かべて立ち尽くすルシーの姿は「このアルバムを聴くとハッピーになれるんじゃないか。是非聴かなきゃ」と思わせるに充分なオーラを放っていたのです。そしてCDプレイヤーから流れてきた冒頭の「Singing The Blues」の力強いドラムスのイントロと、思ったよりも歌い回しが黒人っぽくないのにディープな歌声が底からわき上がってくるような「ソウル」を感じさせるルシーの歌声を聴いた瞬間、自分の直感は間違ってなかった、と確信したのでした。歌のメッセージも「わたしが歌うのはこれまでと同じようなブルース」と、自分のパフォーマンスについての軸を高らかに宣言する、そんな決意表明のようなものであるのも好感を持てました。
この「Singing The Blues」も含めてこのアルバム、収録12曲中7曲はルシーの自作、または共作ですが、あのクラプトンとの活動で知られるドイル・ブラモール2世をギターにフィーチャーした、シャッフルリズムのデルタブルース風の「Let Me Know」にしても、ミディアムテンポの軽やかなブルースナンバーの「My Kinda Lover」にしても、ゴスペル風の「The Ghetto」、更にはあのウィリアム・ベルとの共作によるサザン・ソウル・ナンバー「It Might Not Be Right」にしても、どこに針を落としても、ポジティブなイメージとヴァイブを伝えてくれるルシーのボーカルが、全体をとってもソリッドなイメージの作品にしているのです。
アメリカ南部の黒人アーティストの作品でありながら、陰鬱さや過度な感情の爆発を感じさせず、ひたすら聴く者にポジティブさを感じさせるというのは、彼女の出自がゴスペルであることや、まるでフーティ&ザ・ブロウフィッシュあたりのネオ・カントリー・ロックバンドの作品のような「Learning To Fly」や90年代インディ・フォークの香りが色濃いアコギ弾き語りが新鮮な「Complicated Love」や、黒人霊歌のコーラスを思わせるタイトルナンバーの「Brand New Day」のように、様々な音楽スタイルを自分の中で消化して、ルシー・スタイルに昇華しているというヴァーサタイルさが大きな要因になっている気がします。そしてそういうサウンドを作り上げるのに今回プロデューサーとして携わったのが、自らも個性的でロック寄りのR&Bシンガーのミシェル・ンデゲオチェロ。自らもプリンスやビートルズの有名曲を全く独自のアレンジと解釈でカバーした凄い作品『Ventriloquism』(2018)で我々の度肝を抜いたミシェルですが、ここでは自分の指向や色を過度に出すことなく、ルシーの個性と表現力を上手に引き出すことと、全編を通じてベーシストとして参加することに徹していて、それが結果いい仕事につながっていると思います。
従ってこのアルバム、いわゆる典型的なブルース・アルバムではなく、フォークやインディ・ロック、カントリーといった多様な音楽的側面をうちに秘めた作品であり、かつアルバムタイトルにもあるように「必ず新しい日がやってくることを約束する」という、一貫して伝えてくるメッセージはあくまでポジティブなので、ブルースとかちょっと、というロック・ファンの方にも是非聴いてみて頂きたい作品なんです。今年に入ってコロナ禍の中、在宅勤務や、外出を控えたりとどうしても内省的になりがちな毎日を思うと、「きっと新しい明日はやってくる」とその滋味深い歌声とギターで語りかけてきてくれるルシーのこのアルバム、今改めてその意味合いが強く胸に迫ってくるように思います。
このアルバム、3回目の第57回グラミー賞最優秀ブルース・アルバム部門にノミネートされて更にルシーのシーンでの地位を確立。この後もデレク・トラックスやジョー・ヴァイターレらロック畑のゲスト達を迎えたほぼ全編カバー・アルバム『Joy Comes Back』(2017)(このアルバムでのあのブラック・サバスの「War Pigs」のアコギというかドブロでのカバーが無茶苦茶カッコいいんです!)が今のところのオリジナルアルバム最新作。直近では2018年にNYのカーネギー・ホールでも演奏、今年に入ってからは昨年1月に地元オースティンのパラマウント・シアターでの演奏を収めたライブ盤『Live At The Paramount』をリリースしてます。そこでの熱い、そしてこれまでのキャリアを俯瞰するようなパフォーマンスも素晴らしく、その映像もYouTubeでふんだんに観ることができますので、まずはルシーの魅力を肌で感じるためにも、このライブの映像に触れてみられることをお勧めします。
この期に及んでしっかりコロナに感染しちゃってる間抜けな某国大統領なんかもいますが、コロナ禍による非日常から少しずつ日常が回復されつつある今日この頃。そろそろ新譜の到着も待ち遠しいルシーですが、あらためてこの季節に、そしてこの時代にふさわしいこういった音楽をふんだんに浴びて、来たるべき明日に向けて改めて気持ちを揚げていくためのサウンドトラックとしてこのアルバムに、そしてルシーの音楽に触れてみてはいかがでしょうか。
<チャートデータ>
ビルボード誌全米ブルース・アルバム・チャート 最高位3位(2014.9.27付)
同全米アメリカーナ/フォーク・アルバム・チャート 最高位22位(2014.9.6付)