2017.6.19
新旧お宝アルバム #90
『Break Up』Pete Yorn & Scarlett Johansson (Atco, 2009)
6月も後半に入る今週、相変わらず梅雨はどこに行ったのかっていうほど、雨の気配のない天気が続いてますが、皆さんはいかがお過ごしでしょうか。いよいよ今年後半の各種洋楽ライヴのアナウンスやチケット発売も始まり、あっというまに2017年もそろそろ折り返し。来週くらいには、今年前半のおすすめアルバム、なんてリストも考えてみたいと思っています。
さて今週の「新旧お宝アルバム!」は最近、といいながらもう8年前のアルバムになるわけなんですが、ちょっと今の季節感にはそぐわなくて、どちらかというとまだ寒さを感じる初春の暖かい日だまりでセーターを着ながら日なたぼっこをしてる、っていう感じのアルバムをご紹介します。今回ご紹介するのは、90年代後半からブレイクし始めたシンガーソングライター、ピート・ヨーンと、映画『ロスト・イン・トランスレーション』(2003)でブレイク、その後マーヴェル映画のアヴェンジャー・シリーズではブラック・ウィドウ、『世界でひとつの彼女(Her)』(2013)やリュック・ベンソン監督の『ルーシー』(2014)などでセクシーで印象的な女性(または女性の声)を演じ、今年は日本アニメの傑作『攻殻機動隊(Ghost In The Shell)』のハリウッド・リメイク版に主演した皆さんご存知のスカーレット・ジョハンソンが2009年にリリースした、幸せを感じられるデュエット・アルバム『Break Up』をご紹介します。
このアルバムはもともと、1960年代にリリースされた、当時フランス一のセクシー男性シンガーと言われたセルジュ・ゲインズブールと、一時は彼の妻でもあり、こちらも当時セクシーな女優として知られたブリジッド・バルドーによるデュエット・アルバムをイメージにおいて作られたというもの。
ただ単なる企画もの、過去の有名作品のアイディアに乗っかった作品というレベルに止まらず、ピートの楽曲とスカーレットの不思議な魅力たっぷりのボーカルとがなかなか素敵なケミストリーを生み出している素敵な作品。
本家のゲインズブール&バルドー同様、男と女が二人の関係の移り変わりをデュエットを通じて物語っていく、というコンセプトが二人の間の幸福感やオプティミズム、そして時には不安や希望を実に表現していて、時々引っ張り出しては聴きたくなる、そんなアルバムです。
今ハリウッド一のセクシーで演技派女優、スカーレットのことはもう皆さんよくご存知なので今更上記以上のご説明は不要でしょうが(笑)、ピートのことはちょっとご説明しておきます。
彼はニュージャージー州出身のシンガーソングライターで、1999年にキャメロン・ディアズ主演の大ヒットコメディ映画『There’s Something About Mary(メアリーに首ったけ)』(1998) を監督したファレリー兄弟の映画『Me, Myself And Irene(ふたりの男とひとりの女)』(2000)に提供した楽曲が全面的に映画に使われたことでブレイク。翌年リリースしたデビューアルバム『musicforthemorningafter』が高い評価を受けて、その年ローリング・ストーン誌の選ぶ「2001年注目のアーティスト」に選ばれるなど、USロックシーンではその実力を認められたシンガーソングライターの一人。また、自らの作品の楽器演奏はほとんど一人でやってしまうというマルチ・インストゥルメンタリストでもあります。
今回紹介するアルバムの楽曲も1曲を除いてはピートの作品で、その作風は90年代のグランジ・ムーヴメントやR.E.M.やベックに代表される90年代後半のアメリカン・オルタナ・ロックのバンド達のサウンドに明らかに多くの影響を受けたと思われる、ポップなフックが耳になじみやすいメロディーと、音使いはシンプルでややラフながら、楽曲の骨組みや楽器(特に時折ノイズ的に使われたシンセやドラムス・パーカッション)の使い方がいかにも90年代ロックを通過してきました的な、不思議な魅力を持った楽曲を多く聴かせてくれます。
[youtube]https://youtu.be/RHGecjIgJ70[/youtube]
しかしこのアルバムのもう一つの、そして最大の魅力はスカーレットのハスキーで、やや気だるそうな、それでいて存在感のあるボーカルでしょう。彼女が全面的にリード・ソロを取る楽曲は一つもなく、主たるパートを最も多く唄っている曲といえば、ピートと交互にメイン・ヴァースを唄う、アルバムオープニングのリズミックでウキウキする「Relator」とナッシュヴィル・バラード的な3曲目の「I Don’t Know What To Do」、そしてラス前でメンフィスあたりのラウンジで演奏されているのでは、といったギターの音色が印象的な「Clean」くらいで、それ以外の曲では要所要所でボーカルを入れたり、ピートのボーカルにハーモニーで寄り添ったり、といったパフォーマンスが多いのですが、彼女の声が入ってきた瞬間に一気にその存在感が耳に飛び込んでくるのです。特に「I Don’t Know~」でスカーレットのボーカルがふわっと立ち上がってくるあたりはかなりヤバいです。是非聴いてみて下さい。
彼女のボーカルは、技巧として高いものは当然ないのですが、発声の仕方やそもそも声質がなかなか聴かせるところが多く、単なるハリウッド女優の隠し芸的なレベルで終わっていないところには、正直最初聴いた時は驚いたものでした。
一方、4曲目の「Search Your Heart」でのイントロで軽快なギターのリフをバックに2人がサビのフレーズを繰り返し歌うあたりや、ベックの初期の曲を思わせるシンセとリズム・マシーンのイントロからR.E.M.っぽい透明感のあるギターサウンドに変貌する「Shampoo」でスカーレットがピートの3度上下のコーラスを付けながら歌う、シナトラ親子の「Somethin’ Stupid」を彷彿させるようなボーカルコラボなどは、二人がこのコラボを楽しみながらやっているなあ、と聴きながら思わず幸せを感じることができる楽曲です。
アルバム最後は、こちらもナッシュヴィルやメンフィスの古いライヴ・バーで演奏しているような雰囲気のゆったりした、骨太のギターの音色をバックに、ところどころに90年代的なノイズ一歩手前のパーカッシヴ・サウンドが入る楽曲をピートが唄う「Someday」で締められます。ここでは自らの存在をアルバムからフェードアウトするかのように、スカーレットは完全にバックコーラスに徹しているのも、それまでのアルバムを通しての彼女の存在感を考えると印象的ですね。
もともとこのアルバムの音源のセッションは、2006年には録音されていたのですが、諸般の理由からすぐにリリースされませんでした。その間にスカーレット自身、このセッションで音楽活動への自信も得たのか、2008年にはオルタナ・ロック・バンド、TVオン・ザ・レイディオのリーダー、デイヴ・サイテックをプロデューサーに迎えた初ソロアルバム『Anywhere I Lay My Hat』をリリース。何とデヴィッド・ボウイと3曲客演しているこのアルバムは1曲以外はすべてあのトム・ウェイツのカバーという、女性アーティスト、それもプロのミュージシャンでないアーティストによるソロ・デビューとしてはとても異色のもので、シーンで賛否両論を得たようです。
そうこうする中、同時期に、同じような女優と男性シンガーソングライターによるユニット、She & Him(映画『あの頃ペニー・レインと(Almost Famous)』(2000)や米FoxのTVシリーズ『ダサかわ女子と三銃士(New Girl)』での主演で有名なゾーイ・デシャネルとM.ウォードのデュオ・チーム)がリリースした『Volume One』(2008)が人気を呼んだというのがおそらくきっかけになって、録音以降棚上げになっていたこの音源がめでたくアルバムリリースに至った、ということではないかと個人的には見ています。
ピートはその後もソロで着実な活動を続けていて、昨年も7枚目のアルバム『Arranging Time』(2016)をリリース、ロック・プレスの評価もそれなりに高いようです。一方スカーレットの音楽活動もその後いろいろと続いており、最近では2015年にLAのポップ・オルタナ・バンド、HAIMの長姉エステを含む4名でザ・シングルスなるバンドを結成、シングルリリースするなど、相変わらず音楽活動への意欲は捨ててないようです。
同じタイプのコラボであるShe & Himがその後『Volume Two』(2010)『A Very She & Him Christmas』(2011)、『Volume 3』(2013)、『Classics』(2014)などとコンスタントに素敵なアルバムを作ってるし、スカーレットも映画が忙しいのでしょうが、ピート&スカーレットの続編アルバムで、また素敵な楽曲と二人のボーカルコラボを聴きたい、と思っているのは多分自分だけではないはず。その日が来るのを期待しながら、このアルバムでほんわりした気分をお楽しみ下さい。
<チャートデータ>
ビルボード誌全米アルバムチャート最高位41位(2009.10.3付)