2018.4.23
新旧お宝アルバム #118
『See You Around』I’m With Her (Rounder, 2018)
ここ2週間、弾丸でNYに遊びに行ったりしていろいろありましてお休みしていましたこの「新旧お宝アルバム!」。その間にMLBで大谷は大活躍するは、国会は安倍・麻生の茶番劇で空転するはでいろんなことが起きている間に季節はめっきり春、というよりこの週末の暑さはもう初夏の雰囲気で、自分も今シーズン初短パンデビューしたほど。
さて今日の「新旧お宝アルバム!」は、そんな爽やかな気候にぴったりの心洗われるようなアコースティック・トリオ、ギターのイーファ・オドノヴァン、マンドリンのサラ・ジャロウズ、そしてフィドルのサラ・ワトキンスの3人がアイム・ウィズ・ハー名義で始めて今年リリースしたアルバム『See You Around』をご紹介します。
アイム・ウィズ・ハーというと、昨年ピーター・バラカンさんが主宰するミュージック・フェス「LIVE MAGIC! 2017」への参加で初来日、日本のルーツ・ミュージック系のファン達の間では既に知られ始めている存在。もともとは上記の3人が2015年頃より一緒にツアーをしたり、ミネソタ州セントポールのフォーク系のコミュニティ・ラジオ番組「A Prairie Home Companion」のホストを3人で務めたりと、地味ながら自分たちの音楽性を素直に表現するための一つの形として使ってきたのがこのアイム・ウィズ・ハーのユニット。今回その名義でめでたくフル・アルバムのリリースということで待ち望んでいたファンも少なくはないと思います。
3人の中で一番キャリアの長いのはフィドルのサラ・ワトキンス。彼女は90年代後半から2000年代後半にかけて、当時プログレッシヴ・ブルーグラス・バンドと呼ばれたニッケル・クリークの主要メンバーとして活躍、後にパンチ・ブラザーズのリーダーとなるマンドリンのクリス・シーリーと共にこの新しいジャンルを確立したアメリカン・ルーツ分野では特筆すべき音楽家の一人です。2009年ソロ独立後は様々なアーティストとコラボしたり、トム・ペティ&ハートブレイカーズのキーボード奏者、ベンモンド・テンチや弟のショーンと共に「Watkins Family Hour」名義のユニットでライヴを重ねるなど(アルバムもあり)、精力的な活動を展開しています。
マンドリンのサラ・ジャロウズは高校生時代からその才能を高く評価され、ドブロのジェリー・ダグラスやバンジョーのベラ・フレックらこの世界のベテラン達と一緒に録音したデビュー作『Song Up In Her Head』(2009)でシーンに登場、その後パンチ・ブラザーズ他シーンの有力ミュージシャン達との競演を重ねる一方、2016年には4作目の素晴らしいアルバム『Undercurrent』を発表するなど着実にキャリアを積み重ねています。
ギターのイーファ・オドノヴァンはブルーグラス・ストリングス・バンドのクルックト・スティルのリード・ボーカリスト兼ギタリストとして既に10年以上のキャリアを持つ、やはりアメリカン・ルーツ・シーンでは注目のアーティストの一人です。
この3人があのストーンズ『Get Yer Ya-Ya’s Out!』(1970)、フーの『Who’s Next』(1971)、『四重人格』(1973)、イーグルスのファースト(1972)、『ならず者』(1973)などなどのロックの名盤を手がけたグリン・ジョンズの息子、イーサン・ジョンズのプロデュース(イーサン自身もレイ・ラモンターニュ、ライアン・アダムス、ジェイホークス等アメリカン・ルーツ系の多くのアーティストとの実績あり)で、全12曲中10曲を3人だけの共作で仕上げたこのアルバム、そんな重量級の面子であることを感じさせない、とってもナチュラルでリラックスしたサウンドで充ち満ちた素晴らしい作品に仕上がっています。その雰囲気は、3人がサングラスをかけて緑いっぱいのパティオの真ん中に座って寛いでいる、というジャケが正に象徴しています。
古い映画のBGMのような不思議なメロディで始まり、そこから一気にサラのマンドリン、イーファのギターのつま弾きに突入し、一人ずつボーカルのコーラスを重ねて盛り上がっていく冒頭の「See You Around」は、このアルバムの象徴的なイメージの楽曲。サラのフィドルとサラのマンドリンのアンサンブルとそれを追っかけるように入ってくるイーファのギター、そして3人がビッチリと決めるコーラスがプログレッシヴ・ブルーグラスの世界を繰り広げる「Game To Lose」、ギターとマンドリンが華やかなサウンドを繰り広げ、よりメインストリームなカントリー・テイストのメロディが素敵な「Ain’t That Fine」、3人の繊細なコーラスワークが印象的な「Pangaea」、このアルバムで始めてエレクトリック・ギターが(しかし控えめに)登場する「I-89」、そして「決して一線を踏み越えてはいけない/ 今までやってきたことを無に返してはいけない/決して一線を踏み越えないで/一線のその向こうはとんでもないものが待ってる」という切々と語りかけるような3人のコーラスによるブリッジが印象的で、ちょっとジュエルとかの曲を思い出させてくれる「The Wild One」と、アルバムのA面はあっという間に聴き通してしまいます。
B面はサラのフィドルのウキウキしたソロが楽しい、ほとんどクラシック楽曲のような短いインスト曲「Waitsfield」で軽快に始まり、ギタリストのジュリアン・レイジと3人の共作によるサザン・ソウルっぽいメロディがアーシーなイメージを醸し出す「Ryland (Under The Apple Tree)」、70年代初頭のシンガーソングライター・フォーク・ロックのイメージを惹起してくれるようなメロディと歌詞でふっと懐かしい感じを与えてくれる「Overland」、サラのマンドリンが刻むベースと、途中から絡んでくるイーファのギター、サラのフィドルとのインタープレイがあたかも目の前で3人が即興で演奏してくれているような錯覚を起こす「Crescent City」「Close It Down」とたたみかけるように聴かせてくれる素晴らしい楽曲が、3人のケミストリーを強く印象づけてくれます。アルバム最後の「Hunderd Miles」はこちらもアメリカン・ルーツ・ミュージック・シーンでは重要なアーティストの一人、ギリアン・ウェルチの曲ですが、曲の半分くらいまでは3人のアカペラ・コーラスで歌われ、後半からやっと3人のギターが入ってくるという構成で静かにずっしりとした余韻を残してアルバムを完結してくれます。
90年代後半のエミルー・ハリスがU2のプロデューサー、ダニエル・ラノワを迎えて自己変革を果たした『Wrecking Ball』(1995)の成功や、ブルーグラスを全面フィーチャーした映画『オー・ブラザー』の大ヒットに後押しされてブルーグラスの女王からメインストリームにクロスオーヴァーしてアメリカーナ・シーンに確固たる地位を確保したアリソン・クラウスの『New Favorite』(2001)など、ここ20年くらいの間にフォークやブルーグラスをベースにするアメリカーナ・ミュージック、特に女性のシンガーソングライターのシーンにおける存在感たるや飛躍的に大きくなってきていますが、その流れを決して肩に力を入れることなく、自分たちのミュージシャンシップの導くままに曲を書き、集まってスタジオで演奏した、そのヴィヴィッドな雰囲気をそのまま缶に詰めてアルバムにした、そんな感じがすごく素敵なアルバム。
これから屋外でパーティやバーベキューなどする機会が増えることと思いますが、そんな時にそばにアイム・ウィズ・ハーの音楽が流れていると、心がとっても安らかになるのでは。そんなことを思わせてくれるアルバムです。是非機会がありましたら耳を傾けて頂けたらと思います。
<チャートデータ>
ビルボード誌全米アルバム・チャート 最高位78位(2018.3.3付)
同全米アメリカーナ・フォーク・アルバム・チャート 最高位5位(2018.3.3付)