2019.10.14
新旧お宝アルバム #158
『Love & Liberation』Jazzmeia Horn (Concord, 2019)
週末日本を襲った台風19号(ハギビス)では皆さんのところには被害はなかったでしょうか。被災された方には心よりお見舞い申し上げると共に一日も早い日常への復帰を心よりお祈り申し上げます。
台風一過のこの週末は秋らしい晴れ空が広がり、これから一気に秋が深まろうかという勢い。今週の「新旧お宝アルバム!」はそういう季節になると、何となくジャズっぽいサウンドがしっくり来るということで、先日2枚目のリーダーアルバムをリリースしてシーンの高い評価を受けている、若手ながら本格派の女性ジャズ・シンガー・ソングライター、ジャズメイア・ホーンのアルバム『Love & Liberation』(2019)をご紹介します。
確か以前ジャズ・フルートのボビー・ハンフリーのアルバムをご紹介をした時にも言いましたが、自分はまだまだジャズの世界は勉強中であり、専門的な観点からジャズをどうこう論じれるような身分ではないのですが、ジャズという音楽ジャンルのスタイルに憧れるところはあるわけで、ここのところ「巨匠の名盤」と言われるものや、最近の若手のジャズ・ミュージシャンの作品で気になるものを意識して聴くようにはしているところ。
このジャズメイアのアルバムも、そんな感じでゆるーく立てていたアンテナにひっかかった作品で、まずそのジャケットのジャズメイアの美しい写真に目を奪われたのが聴いてみるきっかけ。出始めの頃のエリカ・バドゥの雰囲気をもう少し太陽の下のアフリカに寄せた感じのたたずまいの彼女の感じから、これはオーガニック系のR&Bシンガーだと思って音を聴いてみると、スタンダード風のジャズ・ボーカルで二度びっくり。しかしそのボーカルの上品なセクシーさと、若い頃のサラ・ヴォーンやエラのオーラが漂うようなオーセンティックでアーシーなボーカル・スタイルに惹かれてアルバムをゲットしたのです。
もともとジャズ・ボーカルというと、最近はダイアナ・クラールとかが人気なわけですが、何故か自分はあまり彼女には魅力を感じられずにいたのですが(ベタなカバー曲が多い、ということもありますが)、今回ジャズメイアのこのアルバムを聴いて、自分は白人的スタイリッシュ・ジャズ・ボーカルよりも、ブラック・アーティスト特有のR&B的グルーヴを感じさせるジャズ・ボーカルの方が好きなんだなあ、と実感した次第。
ジャズメイアはテキサス州ダラス生まれの今年28歳。17歳の時にダウンビート誌主宰の学生ミュージシャンに送られる「Student Music Award」を受賞したのをきっかけに18歳の時にNYに。ジャズとコンテンポラリー音楽の学校に通いながら、ソロ・キャリアを目指してアポロ劇場をはじめ、NYエリアのいろいろなヴェニューでパフォーマンスを重ねながら、同じくダウンビート誌の選ぶ2010年の最優秀ジャズ・ソロ・ボーカリストを受賞。その後も数々のジャズ・ボーカリストに送られる賞の受賞を重ね、着実に実績を積んでいきました。そして2017年にリリースしたソロ・デビュー・アルバム『A Social Call』が、グラミー賞の最優秀ジャズ・ボーカル・アルバム部門にノミネートされて、シーンで一気に存在感を確立することになったのです。
今回のアルバム『Love & Liberation』は前作からレーベルを移籍してジャズの世界では名門のコンコード・レーベルからの最初の作品。全12曲のうち、8曲を自作自演。そのいずれもが伝統的なスタンダードジャズのスタイルを取りながら、ジャズメイアのしなやかで、確かなボーカル技巧に裏打ちされた、グルーヴ感満点のボーカルが、サラやエラが若かった頃に同時代で彼女たちのパフォーマンスを聴いたらきっとこんな感じだったに違いない、と思わせるリアリティを感じさせる作品に仕上がっているのです。
たとえば冒頭の「Free Your Mind」など、軽くスイングしながら踊るように歌うジャズメイアのボーカルは、これが2019年に彼女が書いた曲とは思えないほど、いい意味でのオーセンティシズムに溢れた作品。まるでジャズクラブで彼女のライヴを目の前で観ているかのような臨場感も満点で、冒頭から引き込まれます。ゆったりとしたサックスとトランペットの演奏をバックにしっとりと静かにモノローグ風に歌うような、つぶやくような「Time」、ジャズメイアのエラばりのグルーヴ満点のスキャット・パフォーマンスが興奮の、アップテンポのジャイヴ風の軽快なナンバー「Out The Window」、同じくゴキゲンなスキャットが楽しめる、ちょっと洒脱な感じの「When I Say」などなど、彼女自作の曲もジャズ作品としてしっかりした楽曲揃いで、知らなければジャズ・スタンダードのカバーアルバムだと思ってしまうほど。
アルバムには自作の他、4曲のカバー作品が収録されていますが、まずはジャズメイアのイメージとも重なるエリカ・バドゥのアルバム『Mama’s Gun』(2000)に収録の「Green Eyes」。オリジナルは二つのパートに別れたR&B組曲風になっていますが、ジャズメイアは後半のメインパートを、あたかもジャズスタンダードのように、気だるいグルーヴを醸し出しながら見事に自分のものとしています。また、ジャズフルートのヒューバート・ローズのアルバム『Morning Star』(1972)に収録されていたインスト・ジャズ・ナンバー「No More」を見事にボーカリーズ・ナンバーに仕立てて、こちらでも見事なパフォーマンスを聴かせます。歌い出しのワンフレーズの歌詞と、それをフェイク気味に歌うジャズメイアの歌唱の説得力たるや、これももともとこういう歌詞が付いていたと思わせてしまうほど。
そしてボーカルとしても活躍するドラムスのジェイミソン・ロスとジャズメイアのお互いに寄り添うような自作のモノローグ「Only You」に続いての「Reflections Of My Heart」はこのアルバムでもハイライトの一つ。ソウル・ジャズ・シンガー、レイチェル・フェレルの2000年のアルバム『Individuality (Can I Be Me?)』に収録の、レイチェルとプロデューサーのジョージ・デュークの共作によるこの曲では、クローズ前の深夜過ぎのジャズ・クラブのような控えめなピアノとベースの演奏をバックに、ジャズメイアとジェイミソンのデュエットで静かなエモーションの高まりを感じさせるパフォーマンスを聴かせます。
そして締めはシナトラやビリー・ホリデイの歌や、マイルスのバージョンでも有名なジャズ・スタンダード、「I Thought About You」をジャズメイアがこれもちょっとルーズな感じのグルーヴを漂わせる気だるいボーカルとお得意のエラ風のスキャットで達者に聴かせてくれます。
とにかくアルバム全編を通して、ジャズメイアのジャズへの、そして音楽への愛を強く感じさせるパフォーマンスが、聴く者をぐいぐいと引き込んでくれる、そんな作品です。そして極めてオーセンティックなスタイルを取りながら、「ただの」ジャズ・ボーカル・アルバムではない「何かプラス・アルファ」を感じさせてくれる作品。それは彼女自身が自分でこういう曲を書いていることや、彼女のボーカル・スタイルの独特なグルーヴ、そしてライナーノーツにも彼女自身が書いているように、自分の祖先がアフリカにつながっていることを強く意識し、それを誇りに思っていることなどによるものなのかもしれません。
これから深まる秋、新進気鋭のミューズ(音楽の女神)、ジャズメイアの素晴らしい、一味違うジャズ・ボーカルを楽しみたいもの。そして何と今年12月にコットンクラブでの初来日ライブが決まったそうです!これは観に行かねば。
<チャートデータ>
ビルボード誌全米ジャズ・アルバムチャート 最高位4位(2019.9.7付)