新旧お宝アルバム!#12「Ten Songs From Live At Carnegie Hall」Ryan Adams (2015)

新旧お宝アルバム #12

Ten Songs From Live At Carnegie HallRyan Adams (PAX-Am / Blue Note, 2015)

2週間ぶりにお届けする「新旧お宝アルバム!」、第12回目の今回は「新」のお宝アルバムとして、昨年の最新スタジオアルバムに続いて今年リリースされたばかりの、今のアメリカーナ・ロック・シーンを代表するベテラン・シンガーソングライター、ライアン・アダムスのライヴ盤『Ten Songs From Live At Carnegie Hall』をご紹介します。

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皆さんはライアン・アダムスというシンガー・ソングライターをご存知でしょうか。いえいえ、あの80年代に「Straight From The Heart」をはじめ多くの全米ヒットを放ったカナダ出身のロック・シンガーではありません(笑)。

今年2度めのフジロック・フェスティバルで来日しているので彼のライヴを観た方も多いと思いますが、これまでにソロアルバム14枚をリリース、うち何枚かはグラミー賞にもノミネートされるなど、欧米での評価と知名度を考えると、日本ではまだまだ知られていない実力派アーティストです。

オルタナ・カントリー・ロック・バンドのウィスキータウンの主要メンバーとして90年代活躍していましたが、2000年に脱退しリリースしたソロ作『Heartbreaker』(2000)で一躍アメリカーナ・ロックファンの間での評価を獲得。

その作風はある時は繊細な歌詞と聴くものを惹きつけるメロディの楽曲、またある時は力強いロックンロールの乗せて怒りや悲しみ、苛立ちといった感情をぶつける楽曲など、初期のビリー・ジョエルやデビュー時のブルース・スプリングスティーンなどを思わせ、トルバドゥール(吟遊詩人)的な魅力満点なものです。

ソロ・デビュー当時、エルトン・ジョンの絶賛を受け、カントリーの大御所、ティム・マグローが彼の「When The Stars Go Blue」(2006年全米最高位37位)をカバーするなど、今やこのジャンルを代表する押しも押されぬアーティストの一人であり、是非日本でも人気が出てもらいたいアーティストです。

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そんなライアンが昨年14枚目のソロ作『Ryan Adams』(2014)をリリース直後の11月15日と17日にニューヨークのカーネギー・ホールで行ったセットを丸ごとライヴ盤にした『Live At Carnegie Hall』を今年リリース、その中のハイライト10曲をまとめたダイジェスト盤がこの『Ten Songs From Live At Carnegie Hall』。

ダイジェスト盤といってもツギハギの編集盤をイメージするべからず。

ほとんどが彼のアコギの弾き語りで構成された2日間の素晴らしいライヴの本当にエキスの部分が、観客とのやり取りや曲間の辛口のジョークを交えたMCなども自然に構成され全体感が素晴らしいダイジェスト盤に仕上がっており、まるでこの10曲が当日のライヴのオープニングからクロージングのセットリスト通りの演奏であるかのように思えるほど。

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オープニングは11月15日のセットから、観客の大きな拍手に迎えられて『Heartbreaker』からの、ファンには大変人気のある彼の代表曲の一つ、「Oh My Sweet Carolina」。彼の故郷であるキャロライナを歌うこの曲は、アルバムではサビであのエミルー・ハリスが憑かれたような素晴らしいコーラスを付けていますが、彼の情感の籠もったギター・プレイと歌声は、こちらがオリジナル・バージョンでは、と思わせてしまう説得力を持っています。

続く3曲はいずれも彼の2枚目で商業的にもブレイク作となった『Gold』(2001)からの曲。

物悲しいギターのアルペジオと歌詞の「Nobody Girl」に続いて、アルバムではロック調のナンバー「New York, New York」が、アコギのイントロから歌に入ったところでNYの観客が気付いて湧く様子が臨場感たっぷりで、このアルバムの最初のハイライトです。

一転してピアノの弾き語りの「Sylvia Plath」は50〜60年代に活動、鬱病が高じて自殺、死後ピューリッツァー賞を送られた有名な女性詩人にインスピレーションを得たと思われる曲で、繊細で美しいメロディと歌声を聴かせます。

15日のセットからの最後の曲は、またアコギの弾き語りでしんみりと聴かせる、アルバム未収録の「This Is Where We Meet In My Mind」。

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後半の11月17日のセットは、アルバム『Ryan Adams』からの2曲、「My Wrecking Ball」「Gimme Something Good」でスタートします。

My〜」はサビの部分のメロディとリフレインが印象的な曲。しかし彼の楽曲もさることながら、彼の素晴らしい歌声も聴き手を引き込む力充分。やはりカーネギーなので音響クオリティの高さもそれを増幅している感じ。

Gimme〜」はこれもオリジナルはバンドでロックしている曲なので、アコギで全く異なる表情を聴かせてくれて新鮮です。

前作を録音した時の話を中心のジョーク交じりのMCを挟んで、ギターフレーズが70年代ウェストコーストのシンガー・ソングライターの作品か、と思わせる懐かしい、それでいてひどく魅力的な「How Much Light」(今年シングルの収録曲としてリリース、アルバム未収録)が心を和ませてくれます。

また長目のちょっとふざけた感じのMCを挟んで『Ryan Adams』からの「Kim」。この曲などは憑かれたようなメロディとアコギのストロークのフレーズが、ファーストの頃のブルース・スプリングスティーンに通じるような、抑えの効いたロックを感じさせます。そして最後はまた『Heartbreaker』に戻って、2005年のキャメロン・クロウ監督、オーランド・ブルーム主演の映画『エリザベスタウン』にも印象的にフィーチャーされていた詩情豊かな「Come Pick Me Up」で、観客の万雷の拍手の中、このライヴ・ダイジェスト盤は幕となります。

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ライアン・アダムスの作品は、日本ではまだまだ知られていないので、いずれこのコラムの「旧」でその中から素晴らしい作品をご紹介しようと思っていました。

ところがこのライヴ盤を聴いた時、アルバムの録音や構成の出来があまりにいいのと、彼のソロキャリアのスタートと最新がうまく配されたダイジェスト盤の構成が、彼を知らない洋楽ファンの皆さんに入り口として聴いてもらうのにうってつけではないか、と思い当たり、今回ご紹介した次第です。

彼は昨年のアルバムリリースと、今年、女優でシンガーのマンディー・ムーアとの6年にわたる結婚に終止符を打ったことで、公私に亘って一つの節目を迎えたように見えます。そんな心境の彼のフジロックでのライヴ、是非観に行きたかったのですが、残念ながら今回は機会を逃してしまいました。近いうちに単独来日を果たしてくれることを期待したいと思います。

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このアルバムを聴いて、ライアン・アダムスという素晴らしいシンガー・ソングライターの曲と歌を少しでも気に入って頂いたら、彼のオリジナル・アルバムも是非聴いてみて頂きたい。

お勧めは『Heartbreaker』、『Gold』、2004〜2009年にかけて彼のバックを務めたThe Cardinalsとの『Cold Roses』(2005)と『Cardiology』(2008)、そして昨年の『Ryan Adams』(上掲ジャケ)あたりです。

あるいは今回のライヴ盤のフル・ヴァージョンを聴くのもいいかもしれません。何と言っても音質も演奏も歌も最高なカーネギー・ホールのライヴなのですから。

<チャートデータ>

ビルボード誌全米アルバム・チャート 最高位113位(2015.6.27)

ビルボード誌全米ロック・アルバム・チャート 最高位14位(2015.6.27)

Live At Carnegie Hall」(フル・ヴァージョン)

ビルボード誌全米アルバム・チャート 最高位125位(2015.5.9)

ビルボード誌全米ロック・アルバム・チャート 最高位24位(2015.5.9)