新旧お宝アルバム!#88「Blue Boy」Ron Sexsmith (2001)

2017.6.5

新旧お宝アルバム #88

Blue BoyRon Sexsmith (Ronboy, 2001)

6月に入りましたが、時折ゲリラ豪雨はあるもののまだ梅雨の気配があまり感じられず、結構暑い毎日が続いていますが皆さん体調管理をしっかりして洋楽ライフを楽しんでおられることと思います。フジロックサマソニなど、毎年のサマー音楽フェスのラインアップも決まり、既に梅雨の先の楽しい夏の洋楽ライフが目の前に迫ってきているようで楽しみですね。

さて今週の「新旧お宝アルバム!」はちょっと前ながら比較的最近アルバムのご紹介です。今回は、つい最近こちらも素晴らしい出来の最新作『The Last Rider』(2017)をリリース、一昨年のビルボード・ライヴでの素晴らしい来日ライヴに続いて、今年のフジロック・フェスティバルでの再来日も決まっている、21世紀を代表するシンガーソングライターの一人、といってもいいロン・セクスミスがメジャー・レーベルからインディに移籍後リリースした最初のアルバム、5作目の『Blue Boy』(2001)をご紹介します。

ティーンエイジャーの頃から地元、カナダはオンタリオ州のセント・キャサリンという街のバーで弾き語りしてミュージシャンとしてのキャリアをスタートしたロンが、80年代後半にトロントに移り、自分の書きためた曲をまとめて最初のアルバム『Grand Opera Lane』(1991)を自費でリリースしたのは、ロン27歳、結婚して最初の息子が6歳の時という、遅咲きのシンガーソングライター。そのもっちゃりとした風貌にそぐわぬ線の細い繊細な、それでいてどこかしらソウルフルさも感じさせる歌声で、傷つきやすい男の気持ちを詩情溢れる歌に託す、というスタイルが静かな共感を呼び、このアルバムがエルヴィス・コステロの耳にとまって彼の絶賛を受けたことがきっかけで次の『Ron Sexsmith』(1995)でインタースコープ・レーベルからメジャー・デビュー。90年代にその音響派と言われた独特のサウンドプロダクションで、クラウデッド・ハウス、ロス・ロボス、コステロら数々のロック系のヒット作を手がけたミッチェル・フルームのプロデュースで、一気に新進の実力シンガーソングライターとしてシーンで認知されました。

その後『Other Songs』(1997)、『Whereabouts』(1999)と、同じミッチェル・フルームチャド・ブレイクのプロデューサーチームでかなり質の高いアルバムをコンスタントにリリースしたロンでしたが、時代はよりエッジの立ったグランジやミクスチャー・ロックといったジャンルがメジャーな中、彼のスタイルがメジャーのマーケティング方針と合わなかったのでしょう、インタースコープの契約がなくなったロンが、心機一転、Ronboyという当時自主制作だったんではないかと思われるインディー・レーベルから、オルタナ・カントリーのパイオニアの一人として有名なあのスティーヴ・アールをプロデューサーに迎えてナッシュヴィルで録音、リリースしたのがこのアルバム『Blue Boy』です。

このアルバムでも彼の従来なアコースティックな演奏をベースに自分の心情や思いを歌詞に乗せて歌う、という彼のスタイルは根本的に変わっていませんが、スティーヴの影響や、メンフィスやマッスルショールズといった南部の音楽都市に近いカントリーのメッカ、ナッシュヴィルでの録音といったことが影響したのでしょう、それまでのアコギポロポロ的なスタイルから、全体的によりバンドサウンド的、曲によってはホーン・セクションやジャズっぽいアプローチも見せるなど、楽曲的にはそれまでで最も多様なスタイルを満載した、躍動感溢れる意欲作になっていて、メンフィス・ソウル・バンドをバックに歌う骨太のシンガーソングライター、といった風情に脱皮している感じが素晴らしい出来になっています。

一皮むけたのはサウンドだけでなく、リリックにも自分の歌唄いとしての立ち位置を再確認して、それを自信を持って表現しようという彼の決意が見て取れるのがこのアルバムの味わい深いもう一つのポイント。冒頭ドラムスとホーンをバックにソウルフルに始まる『This Song』では、こういった感じです。

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ちょっと歌を作ってみた

ただ言葉にメロディを付けただけ

僕の目の前でぶるぶると震えるこの歌

いったいこの歌は生き残ることができるのか

そして今、僕は自分が対峙しなきゃいけないものが見える

君が耳にしたことのある歌一つ一つのために

こわいと感じるのも無理はない

この世に生まれたかと思うと死んでしまう歌の何と多いことか

この歌、いったい生き残れるのか?

続く「Cheap Hotel」「Don’t Ask Me Why」も正にメンフィスあたりのバーでギターとドラムスとベースだけの、それでいてタイトなリズムにソウルを感じる演奏にロンのおなじみのもっさりしたボーカルが乗って不思議な一体感を醸し出す楽曲たち。トランペットとピアノで静かにニューオーリンズあたりジャズ・バーで演奏されているかのような「Foolproof」は、これまで夢を見続けては裏切られた男がもう僕の心は愚かな甘い期待なんか持たない、と切ない心境を吐露する、というしみじみとしたバラード。

アルバムではこの他にも、スティーヴのプロデュースが効いている、ギターを前面に出したソウルフルなバンドサウンドの「Just My Heart Talkin’」や「Keep It In Mind」、アコギでシンプルに聴かせる「Tell Me Again」やこのアルバム中唯一のカバーであるフォーク・シンガーソングライター、キップ・ハーネスの「Thumbelina Farewell」、ピアノ弾き語りの「Miracle In Itself」、レゲエのリズムとホーンのアレンジが南部を突き抜けてカリブを思わせる「Never Been Done」などなど、アルバム通じてロンのほんわかした歌声は変わらないのに様々な楽曲スタイルによるロンの世界が展開され、それがこのアルバムの魅力の大きな要因になっています。

このアルバムの後、ジェイソン・ムラーズKTタンストールらを手がけたことで有名なスウェーデン人のプロデューサー、マーティン・テレフェを迎えた6作目『Cobblestone Runway』(2002)や7作目『Retriever』(2004)ではシンセサイザーやキーボードを大胆に導入したポップ・サウンドを展開して、更に新たな境地を見せ、それがまたシーンでは高く評価されました。

正直な話、ロンのアルバムは今年リリースされた最新作『The Last Rider』で14枚目になりますが、どのアルバムを取っても楽曲とパフォーマンスの質が高く、多くの場合期待を裏切られることがないという、ある意味稀有なアーティストだと思います。そして最新作が、今回紹介した『Blue Boy』同様、かなりバンドサウンドを前面に打ち出した、リズミックなナンバーを中心に充実した内容であることも、彼の軸足が大きくぶれることなく安定した質の作品を発表し続けてくれていることを再確認させてくれました。

自分は2015年のビルボード・ライヴで彼のライヴを初めて体験しましたが、かなり地味なステージになるのかな、と思いつつ望んだところ、確かに派手な演出はないものの、楽曲のパワーとロンの存在感が自然にカタルシスを呼ぶ、そんなステージで大いに得をした気になったものです。

ライヴの途中「エミルー・ハリスが僕の曲をカバーしてくれて、しかもアルバムタイトルにしてくれた時は最高だったな。あのエミルーがだよ!」と嬉しそうにしながら、『Retriever』収録で2011年のエミルーの同名アルバムでカバーされた「Hard Bargain」をプレイするのを見て、思わずオーディエンスの間に暖かい空気が広がったのも素敵な体験でした。

今年フジロックへ出かける予定の方、ビョークゴリラズロードといったメジャーでロックなアーティスト達もいいですけど、同じグリーン・ステージで最終日の早めの時間にやっているはずのロンのステージもちょっと覗いて、ほんわかした気分になってみるのもいいかも知れませんよ。

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