新旧お宝アルバム!#111「Little Stevie Orbit」Steve Forbert (1980)

2018.2.5

新旧お宝アルバム #111

Little Stevie OrbitSteve Forbert (Nemperor, 1980)

予想を上回る圧倒的なブルーノ・ナイトとなったグラミー賞の発表も終わり、アウォード関係ではあと3月初旬のアカデミー賞の発表を残すのみ。大谷エンジェルスのキャンプに向かい、一時期の凍り付くような東京の寒さもこの週末でちょっと和らいだ感じのあるここ最近、2018年も早くも1/12が終わって2月になりました。ここからは日々少しずつ春が遠くから近づいてくる気配を感じられる、そんな時期。

今週の「新旧お宝アルバム!」は、そんな季節に聴くにはぴったりの、都会で生きる厳しさと荒涼感の向こうにほのかに暖かさを感じさせるような、そんな珠玉の楽曲を淡々と、しかし時にはエモーショナルに歌うシンガーソングライター、スティーヴ・フォーバートが、あの大ヒット曲「ロミオの歌」を含むアルバム『Jackrabbit Slim』(1979)でブレイクした後すぐさまリリースしたアルバム、『Little Stevie Orbit』(1980)をご紹介します。

あの印象的なピアノのイントロで一気に聴く者のハートを鷲づかみにするヒット曲「ロミオの歌(Romeo’s Tune)」(1980年全米最高位11位)でスティーヴを知った当時の洋楽ファンは多かったと思います。当時日本のFMでもよくプレイされていて、初期のビリー・ジョエルをもう少しラフでブルージーにしたトルバドゥールな感じの作風と、イケメンではないけど個性と魅力いっぱいのルックス、そしてあのかすれ声だけどエモーショナルなボーカル・スタイル。ミシシッピ州からNYに出てきて、2枚目のアルバムでブレイクしたというサクセス・ストーリーも彼への魅力をかき立てるものでした。

そんなスティーヴが、ある意味「ロミオの歌」の成功をリセットしたいとでもいうように、1年を空けずに発表したのが今回ご紹介する『Little Stevie Orbit』。ブレイクした前作『Jackrabbitt Slim』では、あのザ・バンドの『Music From Big Pink』(1968)やジャニス・ジョプリンの『Cheap Thrills』(1968)など、ルーツ・ロックのクラシックといえる数々の作品を手がけたジョン・サイモンをプロデューサーに迎えて、アルバム全体が大変手堅くまとまっている印象のアルバム作りをしていたのですが、この『Little Stevie Orbit』ではそのジョン・サイモンとは袂を分かち、ホワイトスネイクロマンティックス、モーターヘッドといったハードなロック・バンドとの仕事で知られる元プロコル・ハルムピート・ソリーをプロデューサーに迎えるという大胆な路線変更をしています。

よりハードエッジなロック色の強い音を得意とするピーターと作られたこの『Little Stevie Orbit』、オープニングはあの「ロミオの歌」同様アップテンポなピアノの音で始まる「Get Well Soon」ですが、ピアノもブギウギのリフをバックで叩きつけていて、楽曲のスタイルはポップなものからよりロック色を感じさせるパンチの効いたもの。それでいてスティーヴのトルバドゥール的な魅力満載の楽曲になっています。

https://youtu.be/Wr_eWwQcxzc

2曲目の「Cellophane City」は控えめなバンドの演奏が刻んでいるのはレゲエのリズムですし、「Song For Carmelita」や「Song For Katrina」はウォーキング・リズムのカントリー・フォークっぽい、ちょっとディランを思わせる楽曲たちですが、そこに乗っているメロディと歌詞は紛う方なきスティーヴ・フォーバートの世界。

Laughter Lou (Who Needs You?)」くらいから、前回のアルバムのソロの弾き語り的スタイルから、うねりのあるバンドの演奏をバックに軽快にあのボーカルを繰り出すスティーヴの魅力が全開となります。アルバムのバックを固める主要メンバーは前作とあまり変わっていないのですが、よりバンドサウンド的に聞こえるのは、プロデューサーの仕事の違いでしょうか。

https://youtu.be/2lUw_0yigjc

そしてレコードだとA面ラストを飾る「One More Glass Of Beer」はお客が帰ってしまってがらんとしたバーラウンジかどこかで、ピアノと抑えめのオルガンをバックにスティーヴがギター一本で切々と歌い、後半からはストリングも入ってきて盛り上がって終わる、という印象的な楽曲。

アルバムB面はディラン的なスタイルで、アコーディオンをバックにブルース・ハープを吹きながらちょっとジプシー民謡風に歌う「Lucky」でスタート。カッチリしたリズムセクションとラグタイム風のピアノとオルガンが、ちょっと南部的なサウンドを思わせるバンドサウンドをバックに歌う「Rain (Philadelphia Rain)」などはスティーヴのミシシッピ出身というR&Bやブルースをルーツに持つ作風を如実に表した魅力たっぷりの曲。

https://youtu.be/vAwuno9zKAw

そして、おそらくプロデューサーのピーターのアイディアだと思われる、ハートランド・ロックっぽいエレクトリック・ギターのコードリフを印象的に配してこちらもロック色を前面に出した「I’m An Automobile」や、「いいレコードがなぜいいか、パーティーで女の子が君に話しかけてきた理由がなぜか/あんた何でそんな質問するの、ええ?/聞かなきゃわからないくらいだったら一生わかんないぜ」とパンチの効いた歌詞を軽快なリズムに乗せていかにもスティーヴらしいメロディというか喋りで聞かせる「If You’ve Gotta Ask You’ll Never Know」など、B面も魅力満載の楽曲でいっぱい。

https://youtu.be/cFFiN5xhhRI

アルバムはちょっとスティーヴらしくないギターソロで始まるけど、楽曲に入ると一気にスティーヴのトルバドゥールっぽい世界になる「Lonely Girl」、そして静かにアコギを掻き鳴らしながら、ちょっと昔のドゥーワップっぽい楽曲スタイルからこのアルバムのテーマでもあるバンドサウンドになだれ込んで行くあたりがいい感じの「A Visitor」で幕を閉じます。

アルバム全体を聴くと、前作に比べて一曲一曲の楽曲の魅力が非常に際立っていて、メリハリが効いている印象。ビリー・ジョエルとのアナロジーを許して頂けるのであれば、前作がスティーヴの『The Stranger』(1977)とするならば、このアルバムはその2作前の『Streetlife Serenade』(1974)という感じで、スティーヴは前作の成功でビリーが『52nd Street』(1980)に進んだように一気に商業的に突き進むのではなく、今一度自分のルーツ的なサウンドに立ち返って、それを更に研ぎ澄ましたのがこのアルバム、と言う印象です。

残念ながらこのアルバムは前作ほどの商業的成功は得られず、このアルバムからのシングルヒットも出ていません。最初からシングルヒットを狙うのではなく、自分の立ち位置を確認して高めるためのアルバムだったとすればある意味当然だったと思いますし、スティーヴ自身もそれは百も承知だったに違いありません。

その後スポットライトの当たる場からはめっきり姿を消してしまった感のあるスティーヴですが、実はその後も2~3年に1枚ずつというコンスタントなペースで新作を発表し続けていて、シーンからは堅実な評価を得続けています。1985年にはナッシュヴィルに移住して、以降カントリー・コミュニティとの交流も深めており、カントリーの巨人、ジミー・ロジャースに対するトリビュート・アルバム『Any Old Time』は2004年のグラミー賞で、最優秀トラディショナル・フォーク部門にノミネートされたり、2007年にはキース・アーバンが「ロミオの歌」をカバーするなど、着実な活動を続けていて今でも健在です。

2016年には18作目のアルバム『Flying At Night』を発表、今も地に足の着いた音楽活動を続けているスティーヴが、メディアやシーンの注目の的になっていた時期に、自らの音楽表現の矜持を維持しながらいい作品を作ろうとしたこのアルバム、今のような気候の時期に聴いて頂くと「ああ、春もそんなに遠くないなあ」と思わせてくれる、そんな作品です。

<チャートデータ> 

ビルボード誌全米アルバム・チャート 最高位70位(1980.11.15付)