新旧お宝アルバム!#113「August And Everything After」Counting Crows (1993)

2018.2.19

新旧お宝アルバム #113

August And Everything AfterCounting Crows (Geffen, 1993)

ピョンチャンオリンピックでの羽生・宇野選手の金銀ワンツーフィニッシュで大変盛り上がった先週、そのオリンピックも終盤に向かい2月も後半になる中、外の気候は着実に春に向かって進んできているように思います。うちの庭の早咲きの河津桜はもうこの週末あたりからほころび始めました。春の到来楽しみですね。

今週の「新旧お宝アルバム!」は、どちらかというと春というよりは黄昏れた初秋、といった雰囲気をたたえる成熟した楽曲サウンドと、映画の一場面を切り取ったようなストーリー性の高い歌詞で構成された、とてもクオリティ高い楽曲満載の、90年代アメリカンロックの復興を当時担った代表的バンドの一つ、カウンティング・クロウズの名作の誉れ高いメジャー・デビュー・アルバム『August And Everything After』(1993)をご紹介します。

90年代作品を改めて評価してみようシリーズ。

そもそもこのコラムや、Facebookで自分が展開している《Song Of The Day》の活動を始めるきっかけになったことなのですが、現在の洋楽聴取人口の過半数を占めていると思われるアラフィフから上、団塊の世代の皆さんが、往々にして大体1990年くらい、場合によっては80年代半ばくらい以降の作品・アーティストを聴こうという方が少ないという問題意識があります。

ある意味致し方ないと思うのは、80年代に盛んに行われたシンセ打ち込みサウンド(ローランド社TR808、通称「ヤオヤ」やヤマハ社DX-7などが盛んに使われた)に支配された人工的でチープな楽曲や、創造性や楽曲構成力に乏しいアメリカのハートランド系やスラッシュ・メタル系のバンドがやたら跋扈したことで60・70年代から洋楽を聴いてこられたこの世代の方々の多くは大抵80年代後半には新しい音を追っかけるモチベーションを失って、それまでに発表された作品・アーティストによりどころを求めたという状況があったことです。事実自分もこの時期、一時会社派遣の留学で世俗的な生活を中断したこともあって、上記のような理由であまり洋楽を聴かない時期がありました。

ただ自分にとって幸運だったのは、そこから普通の業務に復帰した93年くらいにたまたま知り合った自分よりちょっと年下の「今のロック・R&Bを聴いている洋楽ファン」の友人たちと知り合い、洋楽ファンサークル「meantime」の運営メンバーの一人としてその時期の「今の音」も含めてどっぷり聴きこむ機会を得たこと。2006年くらいまで続いたこの「meantime」の活動が今の自分の年代やジャンルにこだわらず広くかつある程度突っ込んで洋楽を聴き続けることができるスタイルを作ってくれたと思っています。

先日同世代の洋楽ファンと話をしていて「90年代以降は聴いてないし、聴いて見たけどあまり合わないと思って昔の音ばかり聴いてる」というコメントがやっぱり出てくるのを聴いて、今週のこのコラムは「90年代に登場した素晴らしい作品を是非取り上げたい」ということでこのカウンティング・クロウズの名盤を取り上げた次第。このアーティストとアルバムも、93年当時知り合ったmeantimeのメンバーに教えてもらった作品の一つです。

前置きが長くなりました。

カウンティング・クロウズのサウンドを一言で表現するのはなかなか難しい。全盛期はラスタヘアーかと思うようなボリューミーで個性的な髪型とちょっとポチャッとした体型からはなかなか想像できないような、心の奥底に訴えてくるような情感たっぷりのボーカルを聴かせるリードボーカルのアダム・ドゥーリッツの個性的な歌唱スタイル。アコースティック・ピアノやハモンドオルガンに加えてアコーディオンの音色が、とてもセピア色でボヘミアンな雰囲気を醸し出す独得の楽器構成。それでいて演奏の軸はしっかりとしたギター、ベース、ドラムスのバンドサウンド。そして極めつけは半分以上の楽曲を書くアダムの、物語を語るかのようなストーリー性が高く、孤独や満たされぬ愛情ややさぐれた気持ちなどを一流の歌詞に乗せてくる表現力。そして何よりもこうした楽曲や演奏、歌唱のスタイルが、80年代のアメリカンロックの典型的なスタイルとは対極的で、むしろ70年代初頭のスワンプやブルーズ、そして今風にいうとザ・バンドに代表されるようなアメリカーナなサウンドに根差していること。

そしてこういうアルバムを作らせたら天下一品のプロデューサー、T-ボーン・バーネットの元、とてもこれがメジャーデビュー作とは思えないほどの成熟した叙情性満点の素晴らしい楽曲群を聴かせるこのアルバム、中でも最も有名なナンバーはリード・シングルとしてラジオ・リリースされて、ビルボード誌のエアプレイ・トラック・チャートでも最高位5位の大ヒットとなった3曲目の「Mr. Jones」(当時ビルボード誌Hot 100はフィジカル・シングルの出ない曲はチャートインさせなかったので、この曲のようにラジオエアプレイによるメガヒットはチャートインすらしなかったという事情あり)。

初期のビリー・ジョエルエルトン・ジョンの楽曲の歌詞構成を彷彿させるようなトルバドゥールで饒舌な歌詞の奔流が、エフェクトも何もないギターストロークで始まってだんだんにテンポと楽器を加えていって、ブリッジでは耳に残るサビメロにドライヴされた楽曲としてのカタルシスに達するという、およそ80年代では考えられないスタイルの楽曲。

そして歌詞の内容は、アダム自身と彼の昔からのバンド仲間のマーティ・ジョーンズ(Mr.ジョーンズ)が、サンフランシスコのニュー・アムステルダムというバーでビッグ・スターになる夢を語りながら、Mr.ジョーンズの父親のフラメンコ・ギタリストの弾くギターに合わせて踊る黒髪のフラメンコ・ダンサーを眺める、といった正に映画の一場面のような設定。

「Mr.ジョーンズと僕は将来の夢を見ている

そして美しい女達を見つめてる

『ほら、あの娘、君をみてるぜ。違う違う、僕の方を見てるんだ』

明るいスポットライトに立って、僕は灰色のギターを買った

誰もが自分のことを好きなら、寂しくなることも決してないだろう」

この他にもピカソの絵への言及や、ボブ・ディランになりたいなんていう歌詞も飛び出すこの曲は、ちょうどNYの留学から帰ってきて日本で日常の仕事の毎日に戻って、何を聴くべきだろうと途方にくれていた自分の耳にすーっと入って来た。ちょうど1992~93年頃というのは、このカウンティング・クロウズの他にも、ブラック・クロウズディランの息子のジェイコブ率いるウォールフラワーズといったような、この後90年代を通じてアメリカン・ロック・シーンを背負っていく新しいバンド達が勃興した時期。その中でちょっとユニークなスタイルのカウンティング・クロウズのサウンドはとても鮮烈に写ったものでした。

https://youtu.be/SAe3sCIakXo

アルバムには他にも、夜明けのように静かなエレクトリック・ギターのつま弾きからだんだんに盛り上がっていく、「Mr. Jones」に似た構成で、ナッシュヴィルからやって来たマリアのことを歌うオープニング「Round Here」、アコーディオンが効いてて、典型的アメリカ中西部のネブラスカ州の一都市のことを歌ってるとは思えない「Omaha」、ハモンドオルガンの音色と音数を抑えたギターのつま弾きからサビにかけてレイドバック調に盛り上がるあたりが快感の「Time And Time Again」、マンドリンのイントロがちょっとREMの曲を想起させるけど、曲に入るとストレートなミディアム・テンポのロックの「Rain King」、ゆったりとしたギターのストロークに時々絡むピアノの音色とアダムのボーカルが楽曲全体のスケールの雄大さを演出している「Sullivan Street」、そしてアルバムラストでいきなりギターロックっぽいギターストロークを基調とした、彼らにしてはとてもストレートなロックナンバーながら「人生はあらゆる可能性に満ちているけど、下手をすると小さい時に思ってたよりずっとつまらなく、場合によっては残酷な結果になるから、そうならないように変化を常に求めてそういう連鎖を止めて行かなければいけないんだ」と歌う「Murder Of One」など、今聴いても、70年代のロックの名盤達と全く遜色ない、いやむしろ瑞々しくも新鮮な素晴らしい楽曲でいっぱいです。

彼らはこのアルバムの成功で、1996年にはやはり「Goodbye Elisabeth」「A Long December」といったヒットもした名曲を擁するセカンド『Recovering The Satellites』をリリース、90年代を代表するアメリカンロックバンドの一つとしてシーンでの地位を確立。

アダム達はその後も自分たちの音楽スタイルを維持し、その後はこの2枚ほどの商業的成功にはつながらなくとも、4~5年に1枚くらいのゆっくりとしたペースで質の高いアルバムを出し続けて、現在も活動を続けている。現状では最新作となる通算7枚目の『Somewhere Under Wonderland』(2014)もちゃんとアルバムチャートのトップ10に入るヒットになってるし、評論家筋の評価もかなり高いようだ。

同じ頃に90年代のアメリカンロック復興に貢献した他のバンドたち、例えばパール・ジャムらのグランジ系や、先ほど名前の出たブラック・クロウズ、ウォールフラワーズ、そしてよりインディーなベン・フォールズ・ファイヴらに比べると、なぜかカウンティング・クロウズというのは比較的最近語られることが少ないように思ってやや残念。

90年代以降の音楽を聴かないシニア洋楽ファンだけでなく、最近洋楽を聴き始めた若い洋楽ファン達も是非これを機会に、カウンティング・クロウズというとてもいい楽曲を聴かせてくれるバンドを「発見」してもらえればこんなに嬉しいことはない。

<チャートデータ> 

ビルボード誌全米アルバム・チャート 最高位4位(1994.4.2付)