2019.4.8
新旧お宝アルバム #142
『Delta』Mumford & Sons (Gentlemen Of The Road / Island, 2018)
いやいやこの週末は先週末の寒の戻りのおかげで桜の満開のピークがばっちりシンクロして、土日とも各所で花見客で大変賑わいました。皆さんも桜爛漫の暖かい週末を過ごされたことと思います。
さて、今週の「新旧お宝アルバム!」は、2000年代に入ってそのアコースティックなフォーク・ロック・サウンドで一躍世界中の人気を集めたイギリスはロンドン出身の4人組、マムフォード&サンズが昨年末にリリースした3年ぶりの新作『Delta』をご紹介します。
2000年代に入ってアメリカーナ・ロックに代表されるような、カントリーやフォーク、ブルーズなどのルーツ・ミュージックにそのベースを置くサウンドを主体としたロック・サウンドで作品を作り出すロック系アーティストが多く出てくるようになり、ライアン・アダムスやウィルコ、ジェイホークス、ルシンダ・ウィリアムスといった新しいアーティストたちが脚光を浴びるようになると同時に、古くからそうしたルーツ・ミュージック的アプローチのサウンドを作り続けてきたベテラン・アーティスト達の作品に新しいオーディエンスによる新しい目が向けられるようになりました。その一つの象徴的な出来事が、2002年、第44回グラミー賞での、全面ブルーグラス・ミュージックのみで構成された映画のサントラ盤『O Brother, Where Art Thou?』(オー・ブラザー!)の最優秀アルバム部門の受賞でした。
今日ご紹介するマムフォード&サンズは、その『オー・ブラザー!』のサントラ盤や、2000年前後に自らのキャリアの再定義を経てミュージシャン活動30年目で大きく再ブレイクしていたエミルー・ハリスの活躍など、アメリカでのフォーク・ミュージックの新たな展開に大いに影響を受けて自らの音楽活動を始めた、ロンドンの4人組。
もともとイギリスという国は、アメリカの黒人音楽のコピーからバンド活動を始めて世界的なバンドになったビートルズやストーンズの例を挙げるまでもなく、R&Bやブルース、カントリーといったアメリカの音楽に対する根強いファンが多いのですが、マムフォード&サンズはそのアプローチをフォーク・ミュージックに向け、世界的にブレイクした珍しいパターンのイギリスのアーティスト、ということになります。
2009年に彼らがリリースしたデビューアルバム『Sigh No More』とシングル「Little Lion Man」は、もっぱらアコギやバンジョー、ダブルベースなど、アコースティックな楽器のみで演奏されながら、そのコンテンポラリーさを持った躍動感溢れる楽曲構成とパフォーマンスで一気に世界中の音楽ファンの注目を集め、英米でアルバムチャート最高位2位の大ヒットに。
2013年に発表されたセカンド・アルバム『Babel』は、聖書に登場するバベルの塔を言及するかのようなタイトルや、収録楽曲の歌詞に登場する文芸的な言及など、作品に深みを増しながらも、アップビートでポピュラー音楽作品としても優れた内容が高く評価されて、英米のアルバムチャートでは初登場1位、2013年第55回グラミー賞では見事に最優秀アルバム部門を獲得したものでした。
その彼らがアコギをエレクトリック・ギターに持ち替え、バンジョーをしまい込んで、それまでとガラリと異なる楽器編成で発表したのが3作目の『Wilder Mind』(2015)。それまでの2作のプロデューサーだったマーカス・ドラヴスからオルタナティヴ・ロック・アーティストとの仕事で知られるジェイムス・フォードのプロデュースで作られたこの作品は、それまでのマムフォード&サンズの作風から大きく異なるため、商業的には前2作同様の成功を収めながらも、多くのファンに戸惑いを持って受け止められた向きは否めませんでした。
そしてそれから3年ぶりに発表されたこの『Delta』。今回のプロデューサーにはあのアデルをブレイクしたことで有名なグラミー賞受賞プロデューサー、ポール・エプワースを迎え、そのポールが数々の作品を作り出した水から所有のロンドンのチャーチ・スタジオで、のべ100人以上の関係者が関わって録音されたアルバムで、この『新旧お宝アルバム!』で先月ご紹介したばかりのマギー・ロジャーズもそうした参加ミュージシャンの一人です。
サウンド的には、前作の『Wilder Mind』からまた少し最初の2作のスタイルに、使用楽器という意味では回帰していて、アコギなどの音色もまた多く聞こえますが、全く最初のスタイルに戻ったわけでもなく、エレクトロニカの要素などもそこここの楽曲に感じられる、今の時代のオルタナティヴ・ロックの意匠の感触を、快く感じられるそんな作品になっています。
冒頭の「42」はアカペラのコーラスで始まってハモンド・オルガンが寄り添うオープニングのあたりでは正に最初の頃のマムフォード&サンズを思わせるのですが、楽曲の展開のしかたは最初の頃の彼らの楽曲のそれに比べて一段スケールが大きいものを感じさせます。先行シングルとなった「Guilding Light」も、アコギのバッキングにエレクトリック・ギターのリフがドリーミーな感じで絡む構成とか、楽曲全体の構成が盛り上がっていくカタルシスな造りは相変わらずのクオリティです。
「Beloved」では懐かしいあのバンジョーの音色が聞こえますが、最初の2作の頃のようにブルーグラス的な演奏ではなく、あくまで一つの弦楽器としての役割で、伝統的なバンジョーの使い方ではなくギターの一種として使われているあたりがなかなか新鮮。戸惑いがちなピアノの音色とストリングスとかすかなエレクトロニカな音色の織りなす不思議な曲調の「The Wild」や、大聖堂の中で録音されたかのような反響音がゴスペル的な雰囲気を盛り上げながら静かにカタルシスに入っていく「October Skies」、メンバーの演奏するアコースティック楽器の音がデジタルに処理されて不思議な感じを織りなしている一方、楽曲としてはアフリカ音楽のようなグルーヴを感じる「Rose Of Sharon」などなど、アコースティックな楽器とエレクトリックな楽器の絶妙なバランスで織りなす音像世界をバックにマムフォード&サンズならでは、といった耳と心に残る楽曲が本作には収められています。
最初の2枚の頃のサウンドが「躍動感」「歓喜」「親密感」といったことばで表現されることの多かったマムフォード&サンズ、今回のアルバムではむしろ「思索的」「スケールの大きい」「叙情的」といったような形容詞がぴったりくる、そんなサウンドが全体を支配しています。ちょっと寂しげだけど、大きなスケールで聴く者の心をつかむ、かすかに希望が感じられる初春の日差しを感じる、そんなイメージ。
キーボードのベン・ラヴィットは、本作に関するインタビューで、このアルバムのテーマは「4D」、つまり死(death)、離婚(divorce)、ドラッグ(drug)そして憂鬱(depression)だと言っています。しかしここで展開されるサウンドはそうしたネガティヴなイメージというよりは、そうしたネガティヴィティからの解放を求めるような、そんな彼らの最初の頃のサウンドとは異なる意味でのアップビートさを感じさせるのです。
この週末咲き誇った桜が散ると、季節は初夏に向かっていきます。今年は新天皇即位で10連休となったゴールデンウィークに向けて日本中が少しずつざわついて行く中、去りゆく春に別れを告げるのに、マムフォード&サンズのこの『Delta』、素敵なサウンドトラックとなってくれる、そんな感じを持たせてくれるアルバムです。
<チャートデータ>
ビルボード誌全米アルバムチャート 最高位1位(2018.12.1付)
同全米ロック・アルバムチャート 最高位1位(2018.12.1付)
同全米アメリカーナ・フォーク・アルバムチャート 最高位1位(2018.12.1~15付)