新旧お宝アルバム! #165「Circles」Mac Miller (2020)

お知らせ

2020.2.10

新旧お宝アルバム #165

CirclesMac Miller (Warner, 2020)

皆さんお久しぶりです。この新旧お宝アルバムのコラム、今年に入ってからは自分のグラミー賞予想+実況生ブログの対応でパツパツだった関係もあって、しばらくお休みしていました。1/25のグラミー賞授賞式後も、バーンアウト状態だったのですが(笑)今年も2月に入り、そろそろこのコラムも再開しなければ、ということで今年最初の「新旧お宝アルバム!」です。

で、今週は今年リリースされたばかりの新作をご紹介。とはいってもこのアルバムのアーティストは残念ながらもう既にこの世にはいません。一昨年惜しくも早逝してしまった、ユニークなスタイルのパフォーマンスで多くのファンやミュージシャン達に愛されていた白人ラッパー、マック・ミラーの遺作となった、胸が苦しくなるようなマックの心情吐露と、素晴らしいメロディや丹念に作り込まれたトラックの不思議な魅力でいっぱいのアルバム『Circles』をご紹介します。

このアルバムは、2018年8月にリリースされた前作『Swimming』の制作時期に録音されていた音源を元に、その『Swimming』でも半分の楽曲のプロデュースに関わっていたジョン・ブライオンフィオナ・アップルカニエ・ウェストらとの仕事の他、2004年の『エターナル・サンシャイン』や2017年の『レディバード』といった映画の音楽の仕事でも有名)が、2018年9月にマックが亡くなった後、遺族の依頼でアルバムにまとめあげたマックの遺作。実は『Swimming』と『Circles』は、当時マックが考えていた三部作の最初の二作として平行して制作されていたということで、特にこの二作についてはそれぞれお互いの作品を補完する、というコンセプトで「Swimming in Circles(ぐるぐると円を描いて泳ぐ)」というアイディアを元に制作されていたという。

その「お互いに補完する」というアイディアを形にしたこのアルバム、全13曲の楽曲のうち、ほとんどの楽曲で彼はラップではなく、基本(しばしば半分語りのような歌い方ではあっても)リリックにメロディを付けて歌う、というこれまでのマックの作風やパフォーマンスとは一線を画すスタイルを取っているのが、まず聴いた時に気が付く点だ。

しかし、このアルバムでの彼のボーカルスタイルは、彼がラップで聴かせるパフォーマンス同様、どれも極めてレイドバックしたスタイルで、ある時は呟くように、ある時はもう疲れたよ、とでもいうようにルースな感じのまま。加えて、これまで以上に彼自身の日常における疑問や不安、精神的に不安定な状態や彼のバリューとは違うものを求める社会に対する居心地悪さ、といったようなことによって彼が感じる悩み、憂鬱さ、悲しみ、あきらめ、といったどちらかというとダウナーな心情を一貫して赤裸々に、時には暗喩的に吐露している、ある意味シンガーソングライター的な表現作品になってるのが、逆に聴く者を引き込む魅力になっていると思う。

そしてそのマックの心のつぶやきを、マックの過去作品の作風や、マック自身が求めていたであろう音像やビートのイメージの理解に忠実に、素晴らしい音像や楽器の扱い、アレンジでマックのオリジナル音源をこの作品に作り上げたジョンの仕事の素晴らしさ(どの楽曲で鳴ってる音も、どれ一つ無駄とか、余計とか、そぐわない、というものがほとんどない)も、この極めてパーソナルな作品を聴く者を抵抗なく、マックの世界観に没入させることができるものに仕上げていると思う。そのジョンがこのプロジェクト完了のためにマックの音源に取り組むにあたって感じた驚きや喜び、そして苦痛の数々を吐露したコメントが、このアルバムのアップル・ミュージックのサイトに掲載されているのでそちらも是非このアルバムを聴くにあたっては参考にして頂きたい。

自分のやっていることに完全に自信が持てずに、変わろうと努力したけどまた最初に自分に戻ってしまう、そんな循環(サークル)のことを歌い、アルバム全体のトーンをセットしている冒頭の「Circles」から、このアルバムの特別さは伝わってくる。まるでヒップホップやラップのレコードというよりは、よくできたR&Bやシンガーソングライターのレコードのような感覚なのだ。

続く「Complicated」はこのアルバムの全体を彩るエレクトロ・ポップな側面を体現すると同時に、全編でマックが呟く「他の人はこうしたいと思ってるけど、自分はどうでもいいんだ」的な心情が一番明確に歌われてるように思う。何でそんなにややこしくしなきゃいけないんだ?って。

イントロでフォー・フレッシュメンのコーラスをサンプリングしてる「Blue World」はそのレトロなオープニングとその直後からのエキサイティングなエレクトロ・トラックとの対比がヤバく、このアルバムでも一、二を争うキャッチーなトラック。最初のシングルとなった「Good News」(最高位17位)はミニマルだけどビートの効いたエレクトロ・トラックが催眠的な効果で、「向こう側にはいろんなものが僕を待ってるんだけど、僕はそっちに行くのにはもう遅いのかも」というマックの寂しげなリリックがひやりと胸に迫る。

チェンバー・ミュージックのような美しいエレクトロなフレーズが印象的な「I Can See」でも「僕がどうかなってしまう前に助けてくれる人が必要なんだ」というマックの切ない、追い詰められたような心情の吐露が苦しく、この曲あたりから彼の心情の内面を見つめるようなトラックが多くなってくる。

次の「Everybody」はまるで自分の死を予期していたかのような諦観的な世界観の死が胸を打つ一曲。60年代後半のサイケデリック・ロック・バンド、ラヴのリーダーだったアーサー・リーの1972年のソロアルバムからの曲のカバーながら、マックのうめくような、そして諦めたように歌うこの曲は紛れもなくマックの世界。

そしてアルバム半ばで初めてラップらしいラップが第2バースにフィーチャーされた「Woods」は、マックと最初の頃から一緒に音作りしてきた、ヒップホップ・プロデューサーのエリック”E”ダンが、ジョン共々プロデュースした曲。誰か(アリアナか?)との別れの後の苦しみを吐露したリリックが、16ビートのジャズ・ファンクっぽい跳ねるリズムとジョンのエレクトロ・トラックに乗って、リリックの重さとは裏腹に気持ち良く流れていく。

ジョンの仕事の真骨頂は、個人的にこの後の最後5曲くらいで際だってると思う。まるでメンフィス・ソウルの古いナンバーのように、ゆったりとしてレイドバックなグルーヴが素晴らしい「Hand Me Downs」は、マックがR&Bシンガーとしても一流であることを証明してると同時に、セカンド・バースのラップが、彼がラッパーであることを改めて主張している。そしてヒップホップではあまり聴かない6/8拍のリズムが、このアルバムでは珍しく躍動的な「That’s On Me」は、その明るさとは裏腹な「全部オレのせいなんだ、判ってるよ」という憂鬱なリリックとの対比がヤバい。このアルバム唯一の、マックが全編ラップしてる「Hands」は、「エッウー」という子供の声っぽいループの使い方ととてもシンプルなトラックが耳に残るし、ジョンのアコギだけをバックにマックが時に苦しそうに「周りには人がいっぱいいるのに孤独だ」と絞り出すように歌う「Surf」は途中から抑えめのドラムサウンドやファズ・ギター等が徐々に加えられていって、最後はバンドサウンドに仕上がっていく、といった当たりにジョンがいかにマックの世界観を反映した音作りと構成に腐心したかが伝わってくる作りだ。

アルバム最後はシンセのキーボードサウンドをバックに、例によってマックが自分の日常の心情を淡々と歌う「Once A Day」。最初この曲を聴いた時ジョンはそのメロディの美しさとメッセージの率直さに密かに大泣きしたというが、正に人間マック・ミラーの思いが伝わってくる、そんなラストにふさわしいナンバーだ。

最初のヒット曲「The Way」でマックと共演して以来、マックとはある時期は交際し、その後別れてからも親友としてマックに近かったアリアナ・グランデは、自分の元カレ達を実名でリリックに歌い込んだ「Thank U, Next」でも「マルコムマックの本名)にありがとうと言えたらいいのに/だって彼は天使のような人だったから」と歌ってたから、マックの人間性は彼の楽曲から伝わってくる通りの率直で繊細なものだったに違いない。

そんなマックの世界観と人間性がジワジワと伝わってくるこのアルバム、いわゆるヒップホップやラップ作品とは異なる、もはやある意味シンガーソングライター的なポップ・レコードとして聴かれるべき良質な作品だと思うし、今回このアルバムが今回ビルボード誌の全米R&B・ヒップホップ・アルバムチャートにチャートインしなかったことでも、このアルバムがむしろポップ・レコードとして認められていることを示している。だから普段ヒップホップはあまり聴かない、という向きにもおすすめできる作品だし、そうやってより広い範囲のオーディエンスにマックという人間を知って貰いたい、この『Circles』を聴いてそう強く思うのであった。

<チャートデータ>

ビルボード誌全米アルバムチャート 最高位3位(2020.2.1付)