Vol.5『Never Too Much』/Luther Vandross

 先日放送のFM横浜「Travelin’ Light」内“Hits Box”にて、お彼岸にちなんで“天国にいるスーパースター”特集をやったのだが、時間の都合上触れられなかったのがルーサー・ヴァンドロス。惜しくも05年にこの世を去った稀代のソウル・シンガー、ルーサーの名盤『Never Too Much』(81年)を紹介したい。

 シングル「Never Too Much」を初めてラジオで耳にした時の衝撃は、今だ忘れられない。非常に表現するのが難しいのだけど、懐かしさの中にこれから何かが始まる新しさを感じたというか、新しさの中に歌声が擁する安心感を醸し出す懐かしさを感じたというか…。胎動を始めていた“ブラコン・ムーヴメント”が、一気にルーサーを中心に回り出す予感がひしひしと伝わってくるような、それはもう大いなる興奮を禁じ得ないものだった。ブラック・ミュージック(広い意味でのポップ・ミュージックも)を聴く際の大きなポイントでもある“革新性と伝統性の絶妙な同居”を、理想的な形で成しえた奇跡の1曲と言えるのではないだろうか。

 彼の歌声の革新性は、汗を感じさせないのに黒いソウル・マナーをしかっりと踏襲したヴォーカル・スタイルにつきる。ざっくり言ってしまえば、それまでのR&B(ソウル)シンガーは“汗”や“唾”を感じさせる真っ黒なヴォーカル/演奏というイメージであったものを、ルーサーは独自のスムーズな唱法を駆使しながら“汗”を感じさせることなく、同時に伝統的ソウル歌唱スタイルを備えるという、これはもう離れ技としか言いようのない新しいスタイルを提示してしまったのだ。もちろん50年代から“汗”を感じさせないソウル・シンガーは存在していたが―ナット・キング・コール、ジョニー・マティス、ルー・ロウルズ、ダニー・ハザウェイ等々…―これらの人々はソウル・マナーから逸脱した、いわゆるバラディア的な範疇に位置するものだったわけで、ルーサーほどにソウル・シンガー然としたスムーズ唱法を繰り出したシンガーはほぼ皆無だったと言えよう。彼が本来持つワン&オンリーな“喉”の素晴らしさに拠るところが大きいのだろうが、「Never Too Much」で披露されたこの革新性と伝統性の絶妙な同居は、見事にブラック・コミュニティの心を鷲掴みにしたのだ。

 この一歩間違えれば“ブラコン”の一言で片づけられてしまわれそうな作品は、ルーサーの歌声とマーカス・ミラー&ナット・アダレーJrを中心とする腕利きミュージシャンたちの存在ありきで、80年代R&Bの潮流を一気に手繰り寄せた感を抱く。蠢き始めていたブラコン・ムーヴメント、ニュー・ヨーク・サウンドの台頭、後のハッシュ・プロダクションの波(フレディ・ジャクソンが筆頭)、さらにはクワイエット・ストーム隆盛(アニタ・ベイカー、ジェラルド・アルストン、キース・ワシントン等)といった80年代の潮流を方向付けた1曲こそが「Never Too Much」である。そういう意味では、808サウンドの決定打となったマーヴィン・ゲイ「Sexual Healing」(83年3位)と共に、80年代前半の最重要R&Bソングとも言えよう。

 アルバム『Never Too Much』は表題曲の他にも、ダンスクラシック定番かつマーカス・ミラーのベースが炸裂したフロア・アンセム「She’s A Super Lady」、かつてチェンジ(Change)でヴォーカル参加した「Searchin’」(80年ブラック23位)を彷彿とさせる「I’ve Been Working」、やはりご機嫌なフロア対応チューン「Sugar And Spice」、バカラック・クラシック「A House Is Not A Home」等々、全曲において縦横無尽なルーサーのヴォーカルは聴き逃し厳禁だ。聴けば聴くほどに、この時代ならではの演奏とヴォーカルの理想的融合が、高い次元でのケミストリーを誕生させたことが手に取るようにわかること請け合い。無神論者でも、神に感謝せざるを得ない。

 ルーサーは70年代にLutherというグループ名義で『Luther』(76年)、『This Close To You』(77年)という2枚のアルバムを残していたり、先述のチェンジを筆頭に数々のプロジェクトでその歌声を残していて、80年代に花開くワン&オンリー唱法の片鱗は見せている。特にルーサー名義の2枚目や、トップ40ファンにもお馴染みチェンジ「The Glow Of Love」(80年ブラック49位/ジャネット「All For You」(01年1位)の元ネタ)なんぞは超逸品であるが、全ての粋が集まった奇跡的な『Never Too Much』は、やはりルーサー最高の1枚だ。

<チャート・データ>

アルバム『Never Too Much』81年19位

シングル「Never Too Much」81年33位/ブラック・シングル1位/ディスコ4位

    「Don’t You Know That?」82年ブラック・シングル10位

    「Sugar And Spice」82年ブラック・シングル72位